日本の科学教育を世界へ #3

木を知れば見える世界が変わっていく〜森林を切り口に社会を考える 千葉大学 教育学部 助教 田邊 純[ Jun TANABE ]

2023.06.05

目次

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私たちがもっと森のことを知れば、社会全体の環境への意識も高まっていくだろう。「森林」を切り口に子どもたちにどんな教育プログラムが提供できるだろうか。それを日々考え、実践しているのが教育学部の田邊純助教だ。木材を使った教育のほか、強風時の倒木リスクについて園芸学研究院と協働で実施している研究についてお話を伺った。

木材を教育に使う取り組み

―先生のご研究テーマである「森林の育成と活用のための教材開発」を始めたきっかけについて教えてください。

私はもともと農学部で森林系の学科を出て、教育学部に来ました。「子どもたちは森林や木材について勉強する機会があるのだろうか」と考えたのが教材開発のきっかけです。実際に教科書を見ると、木材を扱う機会があるのは中学校の技術の授業しかありません。そこで、木材のことをよく知って適切に使うことを考えるような教材を作り、そこから森林の管理について、ひいては適切な森林管理を認証する国際的な制度の「FSC認証*」などにも思いをはせてもらえるような授業を作っていく必要があると考えました。森林の育成活用というのは持続可能な開発目標、SDGsのビジョンと相性がよいので、実験教材を通じてそうした社会問題も考えてほしいと思っています。

*森林管理協議会 (Forest Stewardship Council: FSC)認証のこと。環境や社会に対して持続可能な森林管理のもと作られた製品を認証する制度。

実際の中学の授業風景から

―具体的にはどのような教材を開発されているのでしょうか。

最近では、中学校の技術の時間にスギ、パイン、アガチス、シナノキ、カツラの5種類の木材について、同じ形の部品加工をできるだけ多くやってもらうという授業をしました。技術の授業では棚などを作ることで木材の材料と加工について学習することがあるのですが、棚を作るときに使う木が1種類だけだと、生徒は樹種による違いを学びにくいはずです。ここで5種類の樹種をそれぞれ加工する経験をつめば、樹種によって性質が違うことがわかりますし、同じ加工を繰り返すので、スキルの部分も習熟するのではないかと思ったのです。

実験後の学生の考察

中学生にとって、樹種によって性質が違うことがわかれば、見える景色が違ってくる、すなわち解像度が上がってくると考えています。知らない色の名前は答えられないのと同じです。樹種の違いがわかれば、将来、家や家具を選ぶとき役に立つかもしれません。

林学や木質科学の実験を体験してもらうプログラム

―次世代の課題解決型科学技術人材を養成する「ASCENTプログラム*」ではどのようなことをしているのでしょうか?

そもそも生徒が林学や木質科学の実験を経験する機会はほとんどないので、このプログラムではまず簡単な実験を行うことにしています。簡単な実験に、何かしらの値が出てくることが大事だと思っています。たとえば「この木は風速何メートルで折れるのか考えてみよう」というテーマを設定して実験をすれば、「風速40mで倒れるだろう」など何らかの値が出てきます。

また、「この木はどの程度の量の炭素を固定しているのか」を推定する実験講座も行っています。四季がある日本で育つ樹種は、年輪を数えるとその年齢や1年あたりの成長量がわかります。木から木片を取ってくれば、その年輪と密度を測定することができます。専用の道具があって、立っている木から直径5mm程度の木片を取り出すことができます。木が円錐だと仮定すれば、年齢ごとのざっくりとした体積を求めることができますし、体積がわかれば密度から重さも算出できます。乾燥させた木材の重さの半分は炭素だといわれているので、炭素蓄積量も推定できます。たとえば5年前の炭素蓄積量は50kgで、今は少し大きくなって55kgになるというような、実際の数字が見えてきます。このように、実験を通じて実際の値が出ることが大切だと思っています。

*高校1-2年生を対象とした課題研究講座「ASCENT プログラム: Society 5.0を創出する未来リーディング人財養成」。国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の支援を受け「世界をリードする科学技術分野のグローバル理系人財の養成」を目的に、意識改革の先陣を切る人財、様々な視点から社会をデザインできる科学研究人財を養成する千葉大学独自のプログラム。

少しの人に“刺さって”いけばいい

―授業を通じて生徒が変わったと思える言動などはありますか?

正直言うと、このような授業を行ってもおそらく9割の生徒には“刺さらない”と思っています。でもそれでいいと思うんです。大多数の生徒に「へえー、ちょっとおもしろいな」と思ってもらえればそれでよく、さらにそこから数%の生徒の心に刺さり、「こういうことができるなんて、ものすごくおもしろいよ!」と感じてもらって、何か自発的にやってみようとする原動力になってくれればいいと思っています。

―今考えている新しい教材はありますか?

将来的にはもっと生徒が“思考する”授業もやっていきたいです。たとえば「材料の品質」と「値段」と「耐用年数」の3つの視点から、どの場合に何を使えばいいのかを考えてもらうなどです。そうすれば、「この木材は堅い/やわらかい」の次元よりも上のレベル、たとえばその時の経済、貿易、政治情勢なども含めて生徒たちに検討してもらえそうです。

また、今の若い人たちはハイテク機器が身近にあるのが当たり前で、仕組みがわからないまま使っていることが多いと思います。この、「なんだかよくわかんないけど動くぞ」を、「こういう仕組みで動いているのか」という経験にできるような教材を作りたいですね。たとえば、何か木材の力学的性質を使って、ばねばかり(ばねの性質を利用して質量を図る秤)が作れる実験教材を開発し、それを生徒たちに体験してもらって、そこから樹種の違いなどを考えてもらえたらと考えています。

暴風による倒木も研究

2019年台風15号で被災した森林 (千葉市緑区)

―樹木の幹折れのメカニズムの研究もされているのですね

2019年に千葉県で大きな被害を及ぼした台風15号では、樹木の幹折れが多発しました。その際、千葉県館山にある大房岬で研究をされていた園芸学研究院の小林達明教授に声をかけていただき、私も研究に加わりました。大房岬ではマテバシイという常緑の比較的硬い広葉樹が折れました。一方、同じところにあった別の樹種のモチノキはあまり折れませんでした。こうした違いが起こるのは、風で幹が折れやすくなる何かしらの要因があり、その中にはきっと樹種特性があるはずです。

木は種類ごとに成長の早さが違いますし、取りうる形(樹形)も木によって違います。葉の形も幹の強さも違う場合、どこがボトルネックになっていきやすいのか、という研究を今後はしていきます。

倒木リスクを考えるうえでは、樹形と木材の力学的性質(強さ)がどうやら相関がありそうだ、ということがこれまでの観測でわかってきているので、次はその意味を考えたいと思っています。樹形と材質をつなぐ何らかの因子を探りたいですね。

―最後に、この分野に関心のある学生や研究者、企業の方へメッセージをお願いします

最近では研究テーマがさまざまな方向に向かっていて、自分でもよく整理しきれていないときがあるのですが、一見関係なさそうでそれぞれ何らかの関係があり、微妙につながっていると感じています。それは研究をする人々の思想のようなものがあるからでしょう。ですから、皆が向いている方向に向かって研究を進めていけば、きっと研究室としての推進力は上がっていくのだろうと思っています。今はさまざまな分野で研究を行っていますが、皆さんの中でもし少しでも興味があるようなら、ぜひコンタクトをとってほしいです。そして、一緒に研究を進めていければうれしいです。

インタビュー / 執筆

今井 明子 / Akiko IMAI

サイエンスライター。気象予報士。京都大学農学部卒。2004年にライター活動を始める。得意分野は科学系(おもに医療、地球科学、生物)をはじめ、育児、教育、働き方など。専門の知識をもともと持っていない人にもわかりやすい文章になるよう、素朴な疑問を心に留め、それに答えていくような形を心掛けています。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

連載
日本の科学教育を世界へ

ASEAN諸国で学生がサイエンスの教育を英語で行うプログラム「ツイン型学生派遣プログラム (ツインクル)」の推進など、グローバル人材の育成を目指す千葉大学の取り組みを紹介する。

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