子どもの今と未来を拓く #1

子どもを中心に置いた支援と学校運営を~こども家庭庁の創設に寄せて 千葉大学 教育学部 教授/千葉大学教育学部附属中学校 校長(※取材当時) 藤川 大祐[ Daisuke FUJIKAWA ]

#子ども家庭庁
2022.10.18

目次

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こども家庭庁が2023年4月に新設される。子育て支援の体勢がなぜ見直されたのか、そして教育現場の課題へ先生方がどのような思いで向き合っているのかを、千葉大学教育学部教授であり、現役の千葉大学教育学部附属中学校校長でもある藤川大祐教授に伺った。

こども家庭庁に期待される役割

―まず、こども家庭庁が創設される背景を教えてください

1990年に少子化問題が浮かび上がり、国としてさまざまな取り組みがなされてきました。しかし一向に歯止めがかからず、将来を担う子どもが減り続けています。また子どもの貧困やヤングケアラーの問題など、今まで見えていなかった子どもを取り巻く問題が次々と明るみに出ました。さらに、幼稚園、保育園、認定こども園の所管が異なることに代表されるように、子どもの問題に対応する府省庁がバラバラで縦割り状態が進み、子育て支援が十分に行き届かない課題も浮き彫りになっています。

そこで、支援が子ども自身に漏れなく行き届くよう部門を一元化し、全ての子どもが健やかに成長できるようにということで、「こども家庭庁」が創設されたということです。

―こども家庭庁の創設で、どのような課題が解消できると期待されますか

こども家庭庁が定義する「こども」とは、年齢で区分されておらず妊娠前から青年期にわたる成長過程を対象としています。例えば、障害のあるお子さんに対しては医療・療育・教育・福祉と各分野の支援を切れ目なく受けられる体勢が整えられ、誰一人として取り残されない社会の実現が期待されます。
また、縦割り行政のために情報共有が円滑になされなかった児童虐待問題や、文部科学省が対応しながらも課題が残るいじめ問題についても、改善に期待しています。

教育現場の最前線で見てきた変遷

―先生は約30年に渡り教育を研究され続けてきました。どのような思いを持って教育の世界に入られたのでしょう。

実は私のスタートは障害児・者の社会教育にあります。東大文一の学部生だった1984年から、大学のサークルで武蔵野市にあった知的障害をお持ちの方が通う共同作業所でボランティアをしながら、土曜日に開催される社会教育活動の運営をしていました。1979年に養護学校教育が義務化され、それまで教育を「猶予・免除」とされがちだった知的障害や身体障害のある子どもが実質的に学校教育を受けられるようになった頃でした。

当時、成人した障害者に対する国からの就労支援はまだ不十分で、民間レベルで行っていました。そのような時代背景の中、私たちは無認可の共同作業所でボランティアをしながら、そこで働く方々に対する社会教育活動として、個々の障害の程度や特性に合わせてうどん作りや演劇などの多様な活動を企画・実施しました。今のことばでいうと、「協同的な学び」と「個別最適な学び」を同時に行う試みといえるかもしれません。

一人一人の顔を思い浮かべ、楽しみながら学べるにはどうしたらいいかを考え、地域の方々の協力を得ながら活動を企画、実践することは、本当に楽しかったですね。そうした経験があった上で、大学の授業で新しい授業づくりや教育方法を開発する授業実践開発に興味を持ち、大学3年生からは法学部でなく教育学部に進み、そのまま教育を実践的に研究するようになり、今に至ります。

※東京大学文科一類:基本的に3年次からは法学部に進み、法学や政治学を学ぶ

―若い頃のボランティア活動が、先生の人生に大きく影響を与えたのですね。この30年で、大きく変わったと感じることはありますか。

先ほどの障害児教育の話ですと、30年前は知的障害や身体障害に焦点が当たっていましたが、近年は発達障害も注目されるようになりました。発達障害という言葉自体、30年前には耳にしたこともなく、落ち着きがない子や黙って何も話さない子の中で何が起こっているのか教育現場では理解されていませんでした。
次第に発達障害について明らかになるにつれ、私としても、もっときめ細やかな教育や授業体制が必要だと認識を改めました。
そのほかにも貧困、虐待、ヤングケアラーの問題などが表面化しました。本学でも教育学部等の教員によって、関係する研究が進められています。

また、2000年頃からIT化が急速に進み学校の中にコンピューターが入ってきたのは、教師側の立場からも大きな変化でした。授業でITが活用されるようになっただけでなく、先生たちがほかの学校の先生とSNS等で交流するようになり、学校のあり方や教師の働き方をよりよくしようと考える機運が高まりました。それがブラック校則や部活動を含めた長時間勤務の見直しにつながっています。

勉強会で社会の潮流をキャッチアップ

―先生の著書や監修された書籍では、同調圧力やコロナいじめ、性の多様性といった今の子どもが抱えている課題をタイムリーに取り上げています。どのように「今」の問題を捉えているのでしょうか。

教育の世界は、何もしないと教師と生徒だけの閉じられた世界になりがちです。それでは社会で問題になっている事柄に対応するのが遅くなります。一つの対応策として、私は月に一度、外部から講師を招いて社会問題について広く学ぶ「千葉授業づくり研究会」を開催しています。すでに150回以上開催し、私のライフワークともいえる取り組みになりました。

―150回以上も続く「千葉授業づくり研究会」、直近ではどのようなテーマを取り上げていますか。

2022年はロシア・ウクライナ問題を受け、国際情勢についてもう一度しっかり考える機会にするべく関連したテーマを選びました。例を挙げると、国際社会における日本の役割や、緊迫する国際情勢を子どもにどのように伝えるかを朝日新聞社の論説委員やJICA(国際協力事業団)の方等の話をうかがい、議論の場を持ちました。

社会の半歩後ろをついていけるよう、教師も学び続ける時代です。参加した教師が研究会で出会った方々と新しい授業を生み出すなど、ネットワーク作りにも大きく役立っています。教員や学生だけでなく、一般の方も参加できる研究会です。興味を持たれたらぜひWebサイトをご覧ください。

学校運営は民主主義であるべき

―先生は附属中学校の校長も兼任されています。どのようなことに留意して学校運営をされているのでしょうか。

端的に申し上げれば、「民主主義が機能する学校」を重要視しています。つまり、学校に所属する生徒・教員が学校のあり方について自ら考え、決定し、行動できる環境をつくることを大切にしています。
例えば、一人に一台タブレットを導入する際も、関係の教員の意見をもとにICT推進生徒委員会を立ち上げ、生徒が主体となってよりよい活用方法を決定できるようにしました。今は、三宅健次副校長にリーダーシップをとっていただき、「デジタルシチズンシップ教育」の実践的研究を進めています。

生徒のことは生徒自身が決める「自己決定権」がこれからの学校運営、ひいては子育て全般に欠かせないと考えています。こうした学校運営のためには、教師と私(校長)の関係も民主主義的でなければなりません。自由に発言できる心理的安全性が確保された環境が大切です。

※インターネットやデジタル機器などの適切な使用方法を理解し、正しく活用してよりよい社会を創る担い手となることを目指す教育

―国立大学の附属小中学校は、いわゆる「モデル校」という位置づけです。先生はモデル校にはどのような役割があるとお考えでしょうか。

これまでは先進的な授業にばかり注目が集まっていましたが、これからは授業内容という狭い枠にとどまらず、学校のあり方そのものを提案することもモデル校の役割だと考えています。先ほどのICTを例に挙げると、「タブレットの導入をどのような校内体制で進めましたか」と質問されたときに、回答できないのではモデル校としての存在意義が危ういのではないでしょうか。

ICTのほかにもいじめ対策や教師の働き方改革など、地域の学校からの相談に解決案を提示できるのが、モデル校として求められる役割です。附属中では、生徒の抱える課題を迅速に組織的にケアする「教育相談部会システム」を充実させており、学会等でも取り組みの様子を発信しています。教職大学院の学生や教育委員会の担当者等の視察も受け入れており、取手市教育委員会では同様のシステムを取り入れていただいています。課題にいち早く気づき、有効な対応をタイムリーに打てる学校運営を心がけています。

―最後に、先生の描く教育の未来を教えてください。

テクノロジーの進化やICTの普及をプラスの方向で活用し、障害の有無、言語の違い、国籍や文化の違いなどを多様性として受け止められる、懐の深い社会にしていけたら良いなと考えています。そのために何ができるか、私も常に学び、考えて実践していきます。

インタビュー / 執筆

安藤 鞠 / Mari ANDO

大阪大学大学院工学研究科卒(工学修士)。
約20年にわたり創薬シーズ探索から環境DNA調査、がんの疫学解析まで幅広く従事。その経験を生かして2018年よりライター活動スタート。得意分野はサイエンス&メディカル(特に生化学、環境、創薬分野)。ていねいな事前リサーチ、インタビュイーが安心して話せる雰囲気作り、そして専門的な内容を読者が読みやすい表現に「翻訳」することを大切にしています。

連載
子どもの今と未来を拓く

子どもの健やかな成長を支えるための取り組みは欠かせない。現代の子どもたちを取り巻く社会的課題に立ち向かう、千葉大学の研究者による「子どもの今と未来」の研究に迫る。

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