#次世代を創る研究者たち

生態学が描く多様性のある社会~生物が教えてくれる少数派(マイノリティ)の重要性 千葉大学 大学院理学研究院 准教授 高橋 佑磨[ Yuma TAKAHASHI ]

#デザイン#昆虫#バイオ研究
2023.02.27

目次

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※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです

生物の生態を通して、多様性が尊重される社会を思う。その類を見ない研究の切り口が高く評価され、2022年に千葉大学先進学術賞を受賞。同時に資料作成に悩む研究者に向けた「伝わるデザイン」に関する著書やレクチャーでも名を成す。生態学、社会学、デザインとボーダレスに活躍する大学院理学研究院 高橋佑磨准教授の頭の中をのぞかせてもらった。 

オリジナリティを求めて出会った昆虫の世界

窓からのやわらかな日差しが観葉植物を照らし、壁にはテキスタイルのボードがリズミカルに飾られている。まるで北欧雑貨のショップのよう。そこが研究室と聞いて驚いた。生態学の理系研究者なのに、その雰囲気はまるで芸術大学の先生のようだ。 

東京の武蔵野市で育ちました。少し離れた小学校に通っていたので近所には友達がおらず、自然や家の中で一人、ぼーっとしたり、折り紙やあやとりをしたりと、のんびりと過ごした子ども時代でした。

高学年になって始まったクラブ活動は、なぜかサッカー部か昆虫クラブの二つだけだったのです。当時はJリーグの発足直後。みんなはサッカーを選びましたが、私は『人と同じはイヤだ』と昆虫クラブに入りました。顧問の先生が昆虫にとても詳しく、知らなかった世界を見せてくれました。ここが私のキャリア選択の原点です。 

中学生になり昆虫のすごさをみんなにも伝えたくて、トンボの研究でコンテストに応募したのですが賞には全く届きません。なぜかと考えてみると、審査員を引き付ける要素が足りなかったのです。

見た人の心をつかむ研究を模索し続け、高校1年生のときに発表したトンボ研究の集大成でついに受賞を果たす。この時、この世界でやっていきたい、と研究者の道を志した。 

デザイン理論も手がけるユニークな研究者の誕生

研究者にはなりたいけれど、受験勉強は嫌いだった。そこで筑波大学で行われている自己推薦型の入試制度を知り、トンボ研究をアピールして合格を勝ち取る。ここでさらに個性を光らせることとなる。タイポグラフィなどについて学ぶ機会を得て、「生物学✕デザイン」の希有な人材が誕生したのだ。 

当時、筑波大学は単位の一部を他学部から選択する必要があったこともあり、芸術系の科目を多く取りました。両親は建築系の仕事をしており、図やグラフを丁寧に描くことについては昔から意識することが多かったと思います。デザインは身近な存在でした。

「研究者向けなので理論にトコトンこだわった」という「伝わるデザインの基本」は17万部を超えるベストセラーに

研究テーマは、ここでもトンボ。それほどまでに好きだったのだろうか。 

いえ、いろいろな生物の研究をしてみたいという思いがあったので、テーマを決める最後の最後まで避けようと思っていました。しかし、何の因果かトンボの研究をしている先生が私の入学と同じタイミングで赴任されたのです。結局、卒業研究以降、10年間ほどトンボと付き合いました。このときの経験が今の私の研究スタイルを形作っています。

その後トンボの比較研究を行うため、スウェーデンのルンド大学へ客員研究員として赴任。そこで研究環境の充実ぶりを目の当たりにした。 

家族と過ごす時間を大切にする働き方が印象的でした。15時頃には帰宅し、家族と食事をして子どもを寝かしつける。チームワークもよいので研究がどんどん進み、論文を書くスピードも速い。研究パフォーマンスも非常によいのです。プライベートと仕事、両方が充実しているワークライフバランスを私も求めるようになりました。

自分を強く信じながら、ちょうどよく疑う

千葉大学に就任してからは、トンボよりも飼育が容易で研究しやすいハエを対象とした研究を本格的に開始した。生物の多様性を通して私たちヒトを含む社会全体を見つめる。そのユニークな視点はどのように得たのだろうか。 

ものの見方はそんなに鋭くはないので、その分野を深掘りしている方には到底かないません。そこで、ひとつの分野にとらわれすぎず、生物学を超えた広い分野とつながりを持ち、それらの視点からものを見ることを常に意識しています。すると研究はクモの糸のように自然に広がり多様化していきます。

あえて人と違うように事象を見る、同じように見ていたらそこに発見はない。インタビューの間、言葉を変えて何度も繰り返した。 

共通点はどこかにあるはずだ、というスタンスを心がけています。ものごとを浅く広く知っておき、自分の研究テーマやデータを頭の中でオンラインにしていると、あらゆる場面で研究との共通点が浮かび上がってきます。例えば『寝る前にスマホを見ると睡眠に影響を及ぼす』というニュースを見ると、昆虫や植物ではどうなのかな、と。この時のアイデアをもとにした研究で都会のハエと田舎のハエを比較した結果、都会のハエは、都市環境に適応して生活パターンを変化させる進化をしていたことを明らかにできました。

プレスリリース:夜間の人工光は昆虫の活動を一変させる 都市のハエは都市環境に適応して進化していた! 

特殊な状況でしか起きない事象は、あまり他分野に応用できません。研究は一般性を探すのが一番大切です。広い分野に応用でき、その幅が大きければ大きいほど分野を超えて興味を持たれる魅力的な研究になるからです

データを考察する際に、特に大切にしていることがあるという。 

生態学の理論や法則は、実験や解析のデータによって疑う余地のないほど明確に証明されることはほとんどありません。自分の立てた仮説に対して実験を行ったうえで、想像をふくらませながらデータを考察します。そのような想像の入る余地があるところが生態学の魅力ではありますが、同時に、間違った結論に至ってしまうことも大いにあるわけです。強い信念をもって生命現象に向き合うと同時に自分の信念を適度に疑う、そのバランスが非常に重要です。

多様性が活きるのは、マイノリティも公平に機会を得られる環境 

小学校のときに昆虫クラブを選んだように、あえて人と違う道を選んできました。少数派になるとドキドキするんですよね。

次第に生物の中の少数派にも目を向けるようになり、そこから見えてきた世界がある。繁殖という生物のメインイベントにおいて、少数派が有利になる場面があるそうだ。 

例えばアオモンイトトンボのオスはみんな同じ青緑色の外観ですが、メスには茶色と青緑色の2種類が存在します。この種の繁殖行動を調べると、少数派の茶色タイプでは繁殖が邪魔されにくいと判明しました。

生き物の世界ではオスによるメスへのハラスメント(メスにちょっかいを出す)が常にあるのですが、この種において少数派はあまりモテないため繁殖が邪魔される回数が少なく、多くの子孫を残すことができるのです。つまり、少数派の存在が結果として個体数の維持に貢献していることが考えられます。 

また、ショウジョウバエの研究では、『個性の多様性には集団の生産性や安定性を高める効果がある』ことを発見しました。ショウジョウバエには、おっとり型(あまり動かずにエサを探すタイプ)とせかせか型(活発に動いてエサを探すタイプ)が存在します。『おっとり型単独』、『せかせか型単独』、『おっとり型とせかせか型の混合』の3条件でそれぞれ飼育し、生産性(生存率や集団全体の重量)を比較したところ、『おっとり型とせかせか型の混合』の集団の生産性が最も高い結果となりました。集団のパフォーマンスを高めるには、多様性が大切であることが見えてきたのです。最近ではもっとたくさんの個性あふれる系統を混合し、どのような組み合わせが集団の生産性を高めるかを遺伝子レベルで調べています。 

プレスリリース:自然界でも”個性”が重要!「おっとり型」と「せかせか型」の共存が集団のパフォーマンスを高める 

さらに研究を進めるにつれ、少数派が不利な環境になると多様性が集団に悪い影響を及ぼすと分かった

ダイバーシティ(多様性)の相互作用からイノベーションが生まれますが、そこにはエクイティ(公平性)も非常に重要です。もし、少数派も多数派と同じように公平にサービスを受けられ、活動ができる社会だったら、社会はもっとよりよい方向へ発展するのではないか――昆虫の研究を全てヒトへと置きかえられるほどシンプルな話ではありませんが、似たようなメカニズムがあるのでは、と考えています。 

このアイデアを食料やエネルギー問題といった産業・農業・工学分野に応用できないかと、新たな研究をスタートするところです。そのうちの一つが、有用微生物や作物に関して、さまざまな品種を組み合わせて集団をデザインし、より高い収率や速い生育を目指すという試みです。現在はパンや日本酒造りで欠かせない酵母を用いて動態を調べています。また、有用作物のいくつかの品種や系統を混ぜて飼育する実験も計画しています。ハエを効率的に育てるというこれまでの研究も「昆虫食」の実現に貢献できるかもしれません。ミクロからマクロへと、ダイナミックにつながるのが私の研究のおもしろさです。 

進行中の研究テーマ:酵母における種内変異と個体群動態

分野にとらわれず、研究にしっかり取り組みワクワク楽しめる学生さんを募集しています。興味のある方はぜひ研究室のサイトをのぞいてみてください。あなたの新しい世界が開くかもしれません。

インタビュー / 執筆

安藤 鞠 / Mari ANDO

大阪大学大学院工学研究科卒(工学修士)。
約20年にわたり創薬シーズ探索から環境DNA調査、がんの疫学解析まで幅広く従事。その経験を生かして2018年よりライター活動スタート。得意分野はサイエンス&メディカル(特に生化学、環境、創薬分野)。ていねいな事前リサーチ、インタビュイーが安心して話せる雰囲気作り、そして専門的な内容を読者が読みやすい表現に「翻訳」することを大切にしています。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

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