カーボンニュートラル実現のために大学ができること #5

陸域生態系のCO2吸収・排出量の将来を予測する〜国際静止気象衛星ネットワークを活用して正確な測定に挑戦 千葉大学 環境リモートセンシング研究センター 教授 市井 和仁[ Kazuhito ICHII ]

#カーボンニュートラル
2023.05.08

目次

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カーボンニュートラルを実現するためには、温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)に含まれる炭素の動きを世界中で正確に把握する必要がある。しかし、人間の活動によるCO2排出量に比べ、光合成や呼吸などによる植物のCO2吸収・放出量はさまざまな要因が絡み把握が難しい。陸域生態系によるCO2吸収・放出量の変化を、世界各国から集まるデータや数値モデルを駆使して算出する独自の研究について、千葉大学環境リモートセンシング研究センターの市井和仁教授に伺った。

CO2収支量のよりよい見積もりを出す

―現在の研究テーマを教えてください

「静止気象衛星を用いた陸域モニタリング」と「陸域におけるCO2収支の推定」です。天気予報でもよく知られている「ひまわり8号」をはじめとする世界各国の静止気象衛星の観測データの新たな応用として、地球上の陸地の部分、陸域に分布する植生とその変化の観測を実施しています。さらにほかのさまざまな観測データも用い、陸域におけるCO2収支量を精度高く推定・予測することを試みています。

―先生の研究はどのようにカーボンニュートラルに貢献しているのでしょうか?

気候変動対策としてのカーボンニュートラルでは、特に大気中のCO2濃度の将来を予測することが重要です。化石燃料を燃焼したときに排出されるCO2の4割は大気に残り、3割は陸の生態系に、3割は海洋に吸収されるといわれています。陸は熱帯、ツンドラ、砂漠など気候が異なる上に、人間活動による影響もあり、CO2の収支は地域によって大きく異なります。そこで、陸域におけるCO2吸収の収支の推定を研究対象としました。

陸域CO2収支量を精度高く予測できれば、たとえば植林による効率の変化などの予測が可能になります。こうした「よりよい見積もり」を行うことがカーボンニュートラルでは必要不可欠で、そのための基盤データを作りたいと考えています。

―陸域CO2収支量はどうやって推定するのですか?

4つの手段があります。1つめは、地上にある現地観測データを集めること。2つめが、衛星から広範囲なデータを収集するリモートセンシング。3つめが、コンピュータ上で構築する数値モデル。4つめは大気CO2濃度観測から逆算する方法です。これら4つを組み合わせて精度の高い推定を目指しています。

私たちの研究では、1~4の手法を用いて1km四方という細かさで陸域CO2収支量を推定できます。カーボンニュートラルの実践は国や地域単位で実行することになるでしょう。私たちの研究も、以前はグローバルな環境問題という立場でしたが、最近は国や地域レベルでの課題解決にも貢献できるようになるなど、スケールが変わっています。

使えるデータを統合して全球をモニタリング

―先生はいつごろからリモートセンシングに関心をもつようになったのですか?

高校生のころは地震学に関心があって、大学では地球科学を専攻しました。卒業後、就職した企業で初めて宇宙からの地球観測「リモートセンシング」に触れ、最新のテクノロジーを駆使して、宇宙から広範囲を繰り返して観測できることのおもしろさに魅かれました。

リモートセンシングを活かして最先端の地球観測研究をするために大学院に入ったころ、宇宙からの地球観測データを地球全体のスケールで10年以上蓄積し、そのデータの変化を見ることにより、温暖化の影響で春に植物が芽吹くタイミングが約1週間早くなったことを検出した論文に出会いました。宇宙からのデータを集めると地球全体の気候変動の影響がわかるというスケールに感動し、この分野に踏み入りました。

―静止気象衛星を活用した陸域モニタリングの特徴について、詳しく教えてください

以前から陸域生態系をグローバルにモニタリングするために、地球観測衛星のデータが使われてきました。地球観測衛星は全球を観測できるのですが、各地域は1日に1回程度しか観測できません。そのため、雲が頻繁にかかる地域では観測困難であるなどデータが粗くなっており、より高い頻度の観測が望まれていました。

そこで私たちが注目したのが、千葉大学環境リモートセンシング研究センターが有している、静止気象衛星「ひまわり」のデータです。地上から見れば常に同じ地点に位置しているひまわりは、アジア・オセアニア地域を中心とした半球を、10分に1回という頻度で観測できるのが大きな特徴です。それまでは雲の動きなどを観るために利用されていたのですが、大幅な性能向上があった最新の静止気象衛星データを、光合成や植物の生育状況などの観測に応用すれば、陸の植生をより詳細に明らかにできるのでは、と思いつき研究に取り入れました。

―CO2濃度を測定する機能はない静止気象衛星でどうやって陸域CO2収支量を求めるのですか?

衛星観測は、太陽光が植物に当たったときの反射光の強さや地表面温度を測定することができます。そのデータを数値モデルに導入して光合成量を計算し、陸域CO2収支量を推定します。同センターには20年以上にわたって蓄積した静止気象衛星データを処理するノウハウがあり、これは他施設にはない強みです。

―先生ご自身の強みや独自性はどこにあるとお考えですか?

「使えるものはどんどん使う」ことです。直接現地観測をするわけではありませんが、世界各地から集めたデータを統合して結論を導くことが、私の強みだと思います。研究では、観測の研究者は観測中心、リモートセンシングの人はリモートセンシング中心と個々で勝負することが多いのですが、私は一つの手法に固執せず、データをうまく組み上げて一つのものをつくりあげるようにしています。

これを実現するためには、各国、各分野の研究者の協力が欠かせません。色々な会合や研究室に顔を出していくうちに仲間が増えていくのが研究のおもしろいところですね。

カーボンニュートラルの実現には企業の力が必要

―国際共同研究や企業との共同研究も多そうですね

グローバルなことを知りたいという気持ちが私の中にあります。2022年には、日本学術振興会研究拠点形成事業「静止気象衛星観測網による超高時間分解能陸域環境変動モニタリング国際研究拠点」として採択され、新たな陸域モニタリングのための国際観測ネットワーク研究拠点「GEOLAND-NET」を立ち上げました。ひまわりはすばらしい静止気象衛星ですが、アジア・オセアニアといった半球しかカバーできません。そこで、日・中・韓・米・欧の静止気象衛星データを組み合わせれば、全球の陸域モニタリングが可能となり、何かおもしろいことができるんじゃないか、という世界の仲間が集まりできたプロジェクトです。

農作物の状況の比較的早いモニタリングや、大規模な森林火災の発生時などの植生の変化を、グローバルなネットワークで瞬時にとらえることも可能になるかもしれません。新たな地球表層環境変動をモニタリングできると期待しています。

また2021年には、国内の大学によるカーボンニュートラルに関する情報共有や発信などの場として「カーボンニュートラルに関する大学等コアリッション」が設立されました。千葉大学からも複数の研究者が参加し、私は園芸学研究院の加藤顕准教授とともに「人材育成ワーキンググループ」に所属しています。大学が共同で人材育成に取り組むグループで、加藤准教授が立教大学で行った公開勉強会などもその一環です。これらの取り組みがきっかけとなり、森林の炭素蓄積量の測定に関する共同研究の打診を企業から受け、現在その着手に取り掛かっています。

2015年のパリ協定以降、気候変動はより現実のものとして実感されています。今話題になっているグリーントランスフォーメーション(GX)*にも活用できる情報が千葉大学には豊富にあります。大学では研究室単位という小規模で研究をしていますが、その成果を広めて実現化するためには大学と企業との対話が不可欠だと強く考えています。

*2050年のカーボンニュートラル・2030年の温室効果ガス排出削減など、国としての目標達成に向けた取組を経済の成長の機会と捉え、排出削減と産業競争力の向上の実現に向けた経済社会システム全体の変革のこと

―最後に、先生の研究に興味にある学生にメッセージをお願いします

目先にとらわれず、まずはやりたいことをやってみることが大切です。また、自分自身がどれだけチャレンジできるか、研究環境を自身の成長に生かすような視点で考えてみたらよいと思います。地球環境やカーボンニュートラルの研究分野では国際共同研究が多く、世界の仲間たちと切磋琢磨しながら、自分の経験値を上げ、成長できます。

この分野はさまざまな観測データが蓄積されビッグデータができつつあります。しかし、現状ではこのデータを活かしきれていない状況ですので、今後ますますAIの活用が見込まれています。世界中の人たちと議論しながら一緒に新たな分野を作り上げていくことは、本当におもしろいですよ。

インタビュー / 執筆

島田 祥輔 / Shosuke SHIMADA

名古屋大学大学院理学研究科修了。
食品メーカーで製造および商品開発を経験後、2012年からフリーランスライターとして活動中。
得意分野は生命科学、医学。記事には情熱を注ぎつつも正確性を重視し、誇張なしでサイエンスの魅力を広げることに注力します。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

連載
カーボンニュートラル実現のために大学ができること

2050年までのカーボンニュートラル実現を果たすための大学の役割とは?千葉大学で行われている研究事例とともに紹介する。

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