カーボンニュートラル実現のために大学ができること #1

世界各国が2050年に目指すカーボンニュートラル(前編) ~達成のために果たすべき大学の役割とは? 千葉大学 大学院社会科学研究院 教授 倉阪 秀史[ Hidefumi KURASAKA ]

#カーボンニュートラル
2023.03.27

目次

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地球温暖化の脅威から私たちの生活を守るため、世界各国がカーボンニュートラル(脱炭素)を実現させることが求められている。そのために、私たちはどのような政策をとる必要があり、どのように活動していくべきなのか。それを探っているのが大学院社会科学研究院の倉阪秀史教授だ。まずは、近年よく耳にする「カーボンニュートラル」について解説していただいた。 

地球温暖化対策としてのカーボンニュートラル 

―改めてカーボンニュートラルとはどういったものであるのか教えてください。 

現在、人間の活動が原因で、かつてないほど空気中の二酸化炭素などの温室効果ガスが増え、それに伴って地球全体の平均気温が上昇傾向にあります。その問題を受けて必要とされている取り組みが、カーボンニュートラルです。カーボンニュートラルとは、人間の活動に伴い排出される二酸化炭素などの温室効果ガスを、植物の光合成などにより吸収して差し引きゼロにするという概念です。もし、植物の吸収だけでゼロにできなければ、排出する二酸化炭素の量を減らしたり、人為的に吸収したり、別の物質に変えたりすることで差し引きゼロを目指します。 

―2050年にカーボンニュートラルを実現しなければいけないという世界的な目標が設定された背景には何があるのでしょうか。 

地球温暖化に真っ先に危機感を覚えたヨーロッパ諸国から声が上がって、「産業革命後の気温上昇を2℃以内に抑え、2100年にカーボンニュートラルを実現させよう」という協定ができました。これが2015年のパリ協定です。 

その後2018年に、科学者がその政府政策決定者に対して科学的知見を伝える機関である「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が「1.5℃特別報告書」をまとめました。この「1.5℃特別報告書」では、2℃ではまだ甘いので1.5℃以内に抑えるべきであり、そのためには2050年にカーボンニュートラルを実現させなければならないという趣旨の指摘が行われました。それで問題が一気に身近になり、2019年に当時15歳のグレタ・トゥーンベリさんをはじめとした若者が世界中で立ち上がったのです。こうして、「気候危機」がキーワードとなり、すべての資源を投入して温暖化対策に取り組まないといけないという考え方が世界で広がっていきました。 

―2050年にカーボンニュートラルが実現できないと、地球はどうなってしまうのでしょうか。 

温室効果ガスによって地球が温暖化するだけではなく、海流の流れが変わって暖流が来なくなるおそれがあるところでは寒冷化する地域も出てきてしまいます。また、気温が上がってツンドラ地帯の氷が溶けてしまうと、土壌の中に封じ込められていたメタンが空気中に逃げてしまいます。このメタンも温室効果ガスなので、さらに温暖化が進んでしまうことでしょう。こうなると、なかなか人間の力では抑えきれなくなってしまいます。 

このまま地球温暖化が進めば南極の氷が溶けて海面が数メートル上昇してしまう可能性もあります。すると、お金をかけて防波堤を立てるなどの対応ができない発展途上国では、川のほとりや海抜0メートル地帯などに住んでいる人々が移住を余儀なくされます。いわゆる環境難民です。このように、さまざまな悪影響が想定されています。 

2050年にカーボンニュートラルを実現させるための各国の目標 

―カーボンニュートラルに向けての各国の具体的な施策はどのようなものがありますか。 

パリ協定には発展途上国を含めた世界のほとんどの国が参加しています。そして、各国が自主的に目標を定めてそれを条約事務局に報告をします。そのなかでもEUはいち早くカーボンニュートラルに取り組んでおり、2021年には「2050年のカーボンニュートラル」を明記した法律を採択しています。2030年の中間目標も、1990年比で55%削減するという、かなり厳しい目標を掲げています。 

アメリカは、トランプ政権の時にパリ協定から離脱をしようとしましたが、離脱する前にバイデン政権に変わりました。それで、結局パリ協定からは離脱せず、2050年にカーボンニュートラルを実現させるための政策に取り組んでいます。中国も2020年に2060年までにカーボンニュートラルを実現することを宣言しました。日本では、2020年10月に当時の菅総理が所信表明演説で2050年のカーボンニュートラルを宣言しました。それを受けて日本政府は2021年に従来の目標を改訂し、2030年の温室効果ガスを2013年度比で46%削減、さらに50%の高みを目指して努力をしていくことになりました。 

ただ、現在パリ協定の事務局に提出されている目標をすべての国が達成できたとしても、1.5℃以下に気温上昇を抑えることは達成できないと危惧されています。このため、2021年のグラスゴー気候合意で各国は目標を上方修正することが定められました。日本の目標もさらに強化することが必要です。

 ―日本の脱炭素先行地域について教えてください。 

脱炭素先行地域とは、日本の脱炭素政策のひとつとして、環境省が主導して2030年までに全国で100カ所の脱炭素のモデル事例を作る取り組みです。2022年1月に募集を開始し、これまでに46カ所指定されています。日本では、2012年から再生可能エネルギー電気を電力会社に高く買い上げさせることによって太陽光などを普及させてきましたが、脱炭素先行地域においては、再生可能エネルギーを自営線*や蓄電池を用いてローカルに使っていこうという方針に転換しました。千葉市も2022年に脱炭素先行地域に選ばれましたが、モノレール線を使って脱炭素住宅を自営線で結ぶという計画が評価されたのではないかと考えています。 

*一般送配電事業者以外の者が敷設する送電線のこと。最近は電力の地産地消や停電時の電力利用のために、自治体等が地域の電源と需要地を直接結びつける試みも行われている。 

千葉大学でのカーボンニュートラルの動き 

―2050年のカーボンニュートラルを達成するために、千葉大学ではどのような取り組みをしていますか? 

まず大前提として、一人ひとりが我慢してカーボンニュートラルを達成しようというのは間違った方向です。一方、建物・耐久消費財を更新する際に確実に省エネや再エネ投資が行われるようにする必要があります。また、二酸化炭素の吸収固定も必要です。二酸化炭素を原材料として使って何か有用なものを作り出す技術を作り、それで利益を出せるようなレベルになれば、カーボンニュートラルにかなり近づくことができます。理学研究院の泉康雄先生が取り組んでいる人工光合成がまさにそういった技術です。 

園芸学研究院の加藤顕先生は樹木でどの程度二酸化炭素を吸収できるのかを把握できるようにする仕組みを作って広げていこうとしています。私自身も、2022年10月から園芸学研究院の深野祐也先生らと一緒に、営農型太陽光発電とスマート農業技術を組み合わせて、農業地域の脱炭素を図る実証プロジェクトを進めています。 

環境リモートセンシング研究センターの市井和仁先生は、画像情報でどのような植生がどのような割合を占めているのかを解析する技術を使って温暖化対策に役立てようとしています。さらに工学研究院の松野泰也先生は、経済産業省・千葉県をはじめとする自治体・企業・有識者が構成する「京葉臨海コンビナート カーボンニュートラル推進協議会」でオブザーバーを務め、千葉県や千葉市が抱える石油化学コンビナートを脱炭素化するための取り組みを考えています。 

―カーボンニュートラルを達成するために大学が果たすべき役割は何なのでしょうか。 

大学の重要な役割とは、研究を実施したり、企業と協力して新しい技術を開発したり、研究結果をもとにした政策への提言を行ったりすることです。そして、千葉大学は学内に1万5000人の学部生や院生がおり、職員も数千人いるというひとつの自治体ほどの規模で事業活動を行っていることも忘れてはいけません。ですから、大学自身としても、脱炭素を進めていくという社会的責任があります。千葉大学では2020年9月に「2040年にRE100(消費電力量のすべてを再生可能エネルギー電力で賄うこと)を目指す」という宣言をして、今はその実現に向けて具体的に動き始めたところです。 

(後編に続く) 

インタビュー / 執筆

今井 明子 / Akiko IMAI

サイエンスライター。気象予報士。京都大学農学部卒。2004年にライター活動を始める。得意分野は科学系(おもに医療、地球科学、生物)をはじめ、育児、教育、働き方など。専門の知識をもともと持っていない人にもわかりやすい文章になるよう、素朴な疑問を心に留め、それに答えていくような形を心掛けています。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

連載
カーボンニュートラル実現のために大学ができること

2050年までのカーボンニュートラル実現を果たすための大学の役割とは?千葉大学で行われている研究事例とともに紹介する。

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