カーボンニュートラル実現のために大学ができること #2

世界各国が2050年に目指すカーボンニュートラル(後編) ~地域から考える脱炭素社会のあり方 千葉大学 大学院社会科学研究院 教授 倉阪 秀史[ Hidefumi KURASAKA ]

#カーボンニュートラル
2023.04.04

目次

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2050年にカーボンニュートラルを目指すという目標を達成するためには、社会の構造から変化させなければならず、私たちの意識も変えていく必要がある。本記事では、2050年の社会を予測したシミュレーションを用いた市民向けワークショップや、再生可能エネルギーの地産地消に向けた取り組みなどを進めている倉阪教授独自の活動についてお話を伺った。 

経済学に持続可能性の視点を

―先生が進めている「持続可能性の経済理論」について教えてください 

2021年に東洋経済新報社から『持続可能性の経済理論 SDGs時代と「資本基盤主義」』を刊行しました。この本では、経済理論の中に持続可能なフレームワークを導入しようとしています。身近な例で説明すると、たとえばレストランでハンバーグを提供するとき、食材やガスの炎が必要ですが、これらは料理を提供すると後には残りません。一方、料理人やフライパンはサービス提供後も残ります。このように、サービスを提供した後に残るものが「資本基盤」で、残らないものが「通過資源」です。この資本基盤は、“手入れ”が重要になってきます。ハンバーグの場合はフライパンを洗わないと使えませんし、料理人もしっかり休まなければ復活しません。従来の経済学には資本基盤と通過資源の区分や、生産労働と手入れ労働の区別はありませんでした。そこを区別した新しい経済学を提唱しています。 

今の日本社会はヒトが高齢化し、高度成長期に作られたものも劣化しています。これからの社会では、資本基盤を新しく作って供給する生産労働よりも、長持ちさせるための手入れ労働がより重要になってきます。 

当事者意識を持ってその地域の未来の施策を考える仕組み 

―倉阪先生が進めている「未来ワークショップ」について教えてください 

人口が減少する社会においては「いかに資本基盤を持続させるのか」を長期的な視野で考えなければいけません。2050年に人口がどうなるのかは地域ごとに大きく異なります。たとえば、都会の人口が増えている地域では、高齢者の増加率がほかのところよりも圧倒的に早くなるので、将来は介護需要が急増します。一方田舎は人口が半減することも珍しくないので、生活の質を確保しながらいかに人と人との関係性を保つのか、コンパクトに住まうのか、外から人を呼び込むのかを考える必要があります。 

どちらにせよ長期的な対応を考える際に「このまま放っておいたらこうなるかもしれない」という気づきのための予測を見せて、皆で問題を共有しないと始まりません。この予測を目に見える形で提供したのが「未来カルテ」です。私は2050年に現役世代として活躍をするであろう、現時点で20代の社会人や中高生にこの未来カルテを見せて「あなた方が声を上げる必要がありますよ」と問題提起し、今から何ができるのかを考えてもらうための「未来ワークショップ」を始めました。 

―未来ワークショップの反響はいかがですか? 

目に見えて受講者の意識が変わり、中高生からもかなり具体的な政策提言が出てきます。開催後にアンケートをとると、必ずといっていいほど「地元に貢献したくなった」「地元のことを知りたくなった」「さまざまな立場の人と一緒に考えることができるようになった」という回答が上位を占めます。 

若者が中高生のときに未来ワークショップを受講すると、大学進学などで一度地元から出ても、外で得た豊かな繋がりを持ち帰ってきて貢献してもらえることが期待されています。実際に5年ほどワークショップを行っている種子島では、未来ワークショップを受講して大学に進学した学生たちがインカレサークルを作り、そのメンバーが種子島の未来ワークショップのファシリテーター(参加者に発言を促したり話の流れをまとめる役割をもった進行役)を引き受けてくれています。先輩が後輩に教えるといういい流れができています。 

2015年に最初のワークショップを実施してから2022年度までに全国各地で50回の未来ワークショップを開催しました。2018年からは、毎年、未来ワークショップファシリテーター養成講座を開講し、全国でファシリテーターを増やそうとしています。これからも持続可能な形で続けていきたいと思っています。 

―地域のカーボンニュートラルを考える「脱炭素未来ワークショップ」も始めたそうですね 

はい。日本で2050年までのカーボンニュートラル実現化が法制化されるなど、脱炭素が急務です。地域で脱炭素を考えるための仕掛けとして「カーボンニュートラルシミュレーター」を作って、2021年に公開しました。 

※2050年までの脱炭素社会の実現を基本理念とする、地球温暖化対策推進法の一部改正法が、令和3年5月26日に成立した。 
(環境庁HP)https://ondankataisaku.env.go.jp/carbon_neutral/topics/20210604-topic-03.html 

「カーボンニュートラルシミュレーター」では、自治体別に、いつ頃作られた建物が、2050年にどのくらい残ることになるかが試算されます。そして、建築年代別にゼロエネルギービルの比率を入力します。ゼロエネルギービルというのは、窓断熱をしっかり行ったり、熱が抜けないような特別の空調を入れたりすることで、エネルギー消費量を7割ぐらい落とすことができる建物です。残った3割のエネルギー量は建物の上の太陽光で賄うことでゼロエネルギーになるというわけですね。 

さらに自動車についても、人口規模に応じて2050年にどの程度の自家用車や業務用車があるのかを自動計算して、それを電気自動車や水素自動車などに何%変換するのかを入力します。そして、それでもなお必要なエネルギー量について、その地域の再生可能エネルギーのポテンシャルの何%を使えば賄えるのか試算します。つまり、カーボンニュートラルシミュレーターを使えば、地域の省エネを徹底した後、残るエネルギーをその地域で作れる再生可能エネルギーで賄えるかどうかがすぐにわかるということです。 

「カーボンニュートラルシミュレーター」を未来ワークショップに組み合わせたものが「脱炭素未来ワークショップ」です。未来を支える世代に、未来カルテによって未来の地域的な課題を把握しながら、その課題とカーボンニュートラルを同時に考えてもらう仕組みです。「未来カルテ」も「カーボンニュートラルシミュレーター」も現在は、表計算ソフトをダウンロードする形で提供していますが、今後、ウェブ上で動かせるようにしていく予定です。 

農業と発電を同時に行い、経済的に自立する

―ソーラーシェアリングの取り組みについても教えてください 

2022年10月から、農地で農業と発電事業を同時に行うソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)を実施し、それをスマート農業技術と組み合わせる「脱炭素スマート農地」を広げていけないか、という研究を始めています。ソーラーシェアリングとは、農地の上にソーラーパネルを設置し、発電用の光と植物が生育をするために必要な光を分け合うものです。 

山林はそもそも二酸化炭素の吸収のために使うべきなので、山を切り開いて太陽光発電のソーラーパネルを置くのはもうやめたほうがよいと考えています。そこで注目したのが農地です。従来のソーラーシェアリングは売電収入で事業を成り立たせていたのですが、そうではなく、できる限り発電した電気を地元で使い、それで永続的にその社会経済を回していって、経営的にも自立できるような農業地帯を作る取り組みを考えています。 

このプロジェクトは、千葉大学発のベンチャー企業である千葉エコ・エネルギー社と一緒に進めています。同社がすでに持っている葉物野菜や果樹のソーラーシェアリングに加えて、来年度には稲作のソーラーシェアリング設備を建設します。千葉大生がソーラーシェアリング設備でスマート農機を動かす実習科目も作ります。データを取りながらその実証を進め、全国に広げていくのがこのプロジェクトの最終目標です。 

カーボンニュートラルは一生をかけて取り組む価値のある課題

―最後に、学生さんや企業・研究者にメッセージをお願いします

私たちは2050年にかけてエネルギー源を大きく転換をしていくという課題に直面しています。そのためには、大学の研究が果たす役割はかなり大きいです。カーボンニュートラルを実現するため、さまざまな形での技術開発とその社会実装が求められています。カーボンニュートラルを一生の研究テーマとして取り組むような学生が1人でも多く出てきてほしいです。 

大学が開発したカーボンニュートラルの技術を実際に社会へ実装していくには企業の方々のご協力が必要です。脱炭素後の世界のエネルギー供給の主力は再生可能エネルギーになります。2050年に世界に顧客を持つためには、エネルギー転換後の世界を想像し、そこからバックキャストで考えて経済活動を行う必要があると思います。関心のある企業の皆さんには、ぜひ大学の研究とコラボをしてほしいですね。 

インタビュー / 執筆

今井 明子 / Akiko IMAI

サイエンスライター。気象予報士。京都大学農学部卒。2004年にライター活動を始める。得意分野は科学系(おもに医療、地球科学、生物)をはじめ、育児、教育、働き方など。専門の知識をもともと持っていない人にもわかりやすい文章になるよう、素朴な疑問を心に留め、それに答えていくような形を心掛けています。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

連載
カーボンニュートラル実現のために大学ができること

2050年までのカーボンニュートラル実現を果たすための大学の役割とは?千葉大学で行われている研究事例とともに紹介する。

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