#CHIBADAIストーリー

昆虫を愛する研究者が追い求める「農薬に頼らない」防除法 ~人間・昆虫・作物が共存できる農業を! 千葉大学 大学院園芸学研究院 教授 野村 昌史[ Masashi NOMURA ]

#昆虫
2023.08.08

目次

この記事をシェア

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • LINEでシェアする
  • はてなブックマークでシェアする

「『害虫』は、人間の立場から見た言葉」――先生からそう聞いたとき、人間の隠れた思い上がりに気づかされた。標本にするよりも生きている姿を観察することを好み、毎年子どもたちを対象に昆虫教室を開催するなど、誰よりも昆虫を愛している園芸学研究院の野村昌史教授は、昆虫の生態をうまく利用して人と昆虫が共存できる環境を探索している。

昆虫は「身近な友達」だった少年時代

―子どもの頃から虫好き少年だったのではないかと思います。昆虫との思い出を聞かせてください

物心ついたときから「身近な友達」として昆虫と暮らしていました。親もおおらかで、30匹以上のカマキリをイチゴが入っていた容器で飼い、学校から帰ると餌となるバッタを採りに行くのが日課でした。今でも標本にするのは研究上どうしても必要なもののみです。標本を作るより、生きている昆虫を観察する方がずっと楽しいですね。

千葉大学の園芸学部に着任してから、園芸における昆虫という存在を考えてみたのです。人が主体の農業では、作物を食べてしまう昆虫は害虫と見なされています。しかし、作物に被害を与えるから「害虫」と呼ぶのは、ずいぶんと一方的で残念な気持ちがしました。

強い薬で殺してしまうのではなく、虫、人、作物にとってもう少しバランスのよい方法を探そう、環境をコントロールしよう、という方針で研究をしています。

季節や時間など、さまざまなシグナルを感知する巧みな生存戦略

昆虫は季節に合わせて活動します。アゲハチョウは春にミカンやサンショウなどミカン科の植物の新芽に卵を産み、卵からかえった幼虫はその葉を食べて育ちます。セミは長い間地中で過ごしたのち、夏の夕方から夜にかけて地中から出てきて羽化しますね。

―昆虫はなぜ活動する季節を合わせるのですか

先ほどの例で説明すると、アゲハチョウ(幼虫)の餌となる新芽は春にならないと出てきません。新芽がない時期に羽化して産卵してしまうと、幼虫は餌がなく餓死してしまうでしょう。セミ(成虫)は長くても1カ月ほどしか生きられず、その間に子孫を残さなければなりません。そのため時期を合わせて羽化することで、交尾率を高めていると考えられます。このように命を確実に次世代へとつなぐために、生活する時期をそろえることは非常に重要なのです。

―では、どのようにして季節や時間を感知しているのでしょうか

昆虫も私たちと同じように体内時計を持ち、昼と夜の長さを感知しています。例えば越冬する種では、夜がだんだん長くなると休眠のスイッチがONになります。もしこれが昼夜の長さでなく温度センサーだったら、季節外れの暑さ・寒さが発生すると体内時計は簡単にずれてしまいます。規則正しい昼夜の長さを感知することで、昆虫たちはカレンダー通りに活動できるのです。

最近では、昆虫たちは昼夜の長さだけでなく、さまざまな化学物質も感知しているという研究が進んでいます。例えば餌となる植物の匂いや天敵の匂いを嗅ぎ分けるなど、ほかの昆虫や植物と“コミュニケーション”しながら上手に暮らしているのではないかと推測されます。

気候変動や農薬が昆虫に及ぼす影響

―地球温暖化など気候変動が話題になっていますが、昆虫にも関係してくるのでしょうか

休眠スイッチのONは夜の長さですが、覚醒スイッチのONには一定の低温期間が必要です。桜も同じように、しっかり寒い冬の期間があるから休眠打破(いったん休眠に入った花芽が、冬季に一定期間低温にさらされ休眠から覚めること)が起こり、春に花を咲かせますね。

暖冬によって十分な冷え込みがなくなると、昆虫は長い期間にわたってだらだらと覚醒するようです。すると先ほど述べたように餌にありつけない、あるいは交尾の確率が下がるなどの問題が発生することが考えられます。地球温暖化が昆虫に及ぼす影響は、今後も注視しなければなりません。

実用化試験での一コマ、ケールに寄生する蛾の幼虫を数える学生達

―やはり気候変動の影響を無視できないのですね

近年増加している大型台風や停滞する梅雨前線によって、海外から運ばれてくる種が増えています。それらの昆虫の中には、強い農薬耐性を持っているものもあります。おそらく同じ農薬を使い続けたために、耐性を獲得したのでしょう。さらに新しく有効な農薬を開発しても、またいずれ耐性を獲得します。

私たちの研究室では日本植物防疫協会から委託を受け、新しく開発された農薬が実際の農場で狙い通り効果を発揮するか実証する「新農薬実用化試験」を行っています。創立当初の1951年から70年以上も続けているのですよ。この試験でも、農薬はやみくもに使うのではなく、種に応じて適切に使い分けることで効果を正しく発揮することが示されています。

光を利用した昆虫コントロール

―先生は、「生まれながらの害虫はいない」とお考えだそうですね

なぜ害虫が発生するかというと、農業が発達して1カ所で同じ種類の作物を大量に作るようになったためです。キャベツを餌とするモンシロチョウがキャベツ畑で大発生するのは、「そこに餌があるから」という理由以外にありません。人間の活動によって大発生しているのに、一方的に「害虫」と呼ぶのは少々勝手なのではないかな、と私は考えます。

とはいうものの、やはり作物は守らなければなりません。大きな被害を防ぐには農薬の使用も必要です。私はさらに、農薬に頼らずに昆虫を「寄せ付けない」方法を研究しています。その一つが光を利用した防除技術です。

―むしろ虫は光に集まる性質があると思っていました

確かに刺激に向かって行く「正」の走行性もありますが、逆に「黄色光」を避ける性質も持っているのです。夜間に黄色のLED照明が灯っている温室や畑を見たことはないでしょうか。黄色い光は、ヤガ類*などの蛾を寄せ付けないだけでなく、すでに畑にいるヤガ類の活動も低下させます。黄色の波長が複眼を昼間と同じような状態にして、夜行性であるヤガ類の活動を抑制するためと考えられています。

しかし、夜間照明はキクなどの短日植物*に対して開花遅延を引き起こす欠点があります。ヤガ類に効果があり、かつ秋ギクに影響を及ぼさない照明条件を探索した結果、点灯:消灯=1:4が最もバランスがよいと判明しました。

*ヤガ類:多くの園芸作物に被害を及ぼすガの仲間
*短日植物:昼の明るい時間が短くなると花芽を形成する植物

さらに、昆虫は人と異なり紫外線も見ることができるのです。桜やみかん、トマトなど、昆虫を介して受粉する虫媒花(ちゅうばいか)に紫外線を当てると、中心部分は紫外線を吸収して黒っぽく、周辺部分は反射して明るく見えるのです。まるで花たちが「ここに蜜がありますよ」と昆虫を導いているようです。
LED照明による植物工場が活況ですが、主に利用されているのは赤や青の可視光で、紫外線は含まれていません。今後受粉を考えた場合、紫外線も必要ではないかと考えています。

昆虫の生態から見える世界の魅力

―最後に、昆虫好きな学生やお子さんを持つ保護者の方などへのメッセージや今後の目標などを教えてください

ちいさな昆虫であっても、その生態を観察していると疑問が浮かんできます。「なんで今日は餌を食べないのだろう?」「なんで蝶の羽にはいろんな模様があるの?」など、最初は素朴な疑問でもいいのです。教科書を読み、「本当にそうなのかな?」と批判的な視点で考え、さらに観察してみましょう。そうして得られたあなたの考えを大事にしてください。そこから新しい研究が生まれます。
「昆虫」と聞いて想像するのは、カブトムシやアゲハチョウといった華やかな種でしょう。しかし、多くの昆虫は小さく、目立たないように生息しています。我々が毎年開催している昆虫教室などに参加して「昆虫を見る目」を親子で養うのもよい方法ですよ。

現代の都会では、虫に親しむ機会が失われています。虫がいない方が衛生的で望ましい環境と思う人が増えていますね。しかしマクロの視点から見ると、昆虫は鳥などの餌として生態系の土台を支えています。虫がいない環境は、どこか生態系が崩れてしまっているのです。昆虫も大切な地球の仲間という視点で、うまく共存できる社会を目指します。

インタビュー / 執筆

安藤 鞠 / Mari ANDO

大阪大学大学院工学研究科卒(工学修士)。
約20年にわたり創薬シーズ探索から環境DNA調査、がんの疫学解析まで幅広く従事。その経験を生かして2018年よりライター活動スタート。得意分野はサイエンス&メディカル(特に生化学、環境、創薬分野)。ていねいな事前リサーチ、インタビュイーが安心して話せる雰囲気作り、そして専門的な内容を読者が読みやすい表現に「翻訳」することを大切にしています。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

次に読むのにおすすめの記事

このページのトップへ戻ります