デザインのチカラ #7

「さわれる仏像」?地域の活性化に結び付く“デザインの実践” ~人々とともに、生活に息づく「資源」を発掘 千葉大学 デザイン・リサーチ・インスティテュート 助教 青木 宏展[ Hironobu AOKI ]

#dri#デザイン
2024.01.09

目次

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千葉大学デザイン・リサーチ・インスティテュート(dri)のデジタル造形機器をフルに活用しながら研究を展開する青木宏展助教は、dri創設前の学生時代から、千葉県内の歴史あるお寺を拠点として一風変わったデザイン研究を行ってきた。キーワードは「3Dデータの活用」。デザインの役割を広げる「先端技術」と、「地域」とのつながりについてお話を伺った。

「地域デザイン」のために3Dデータを取る

――「仏像の形状の3次元データを取る」研究と伺い、美術史に近い分野なのかと思いましたがそうではないのですね。

仏像に限らず、生活用具なども含めて日本の各地に古くから存在するものをデジタルデータとして記録しています。データは取って保存して終わりではなく、むしろ、地域活性化などに「活用すること」を目指して研究しています。

千葉県にはおよそ3,000のお寺があるのをご存じでしょうか。そのうちの一つ、南房総の「小松寺(こまつじ)」は、「古仏の宝庫」と言われるほど貴重な仏像が数多くあるんです。一番古いものは平安時代の初期、900年以上も前に作られたとされています。私たちはその仏像の3Dデータを取らせていただいて、レプリカを作りました。レプリカなら、誰もが至近距離で360度どこからでも見て、さわることもできますよね。それが「活用」のひとつの形です。

もっと人が触れてみたくなる展示方法はないかと考え、お寺の本堂であえて各仏像の「手」だけのレプリカを展示したこともあります。幸いにも多くの人が寺を訪れ、仏像を見るだけと手で触れるのとではわかることも感じるものも違う、と興味をもってくれました。

小松寺にある仏像の「手」のレプリカ展示のようす

歴史的・美術的に貴重な文化財を研究するというより、その地域にある「資源」を発掘すること、それをどう地域の活性化に結び付けられるかを考えることが私の研究です。

――それは、「デザイン」の研究なのでしょうか?

「物の形や色を考えること」がデザインだと考えられがちです。それも確かにデザインなのですが、「地域のあり方、社会のあり方を考える」こともデザインの形の一つなのです。といっても、私たちが一方的に「この地域はこういう資源があるのだからこういうことをするといい」と提案するのではなく、地域の人はもちろん、関わりのある人たち皆と一緒に考え、動くことを大事にしています。つまり私にとってのデザインとは、「地域全体でその土地の特色の再発見や問題提起を試みる社会運動」とも言えるのかもしれません。

「3Dのレプリカ」はゴールではない

――ずっと千葉県をフィールドとされてきましたが、driのオープンによって墨田区ともご縁ができましたね。墨田区でも研究を始められたのですか?

はい。墨田区にある石碑など石造物の3Dデータを取っています。墨田区には多くの石碑があるけれど、常に屋外で風雨にさらされているため、放っておけば崩れ、失われてしまうというお話を聞いたのです。

手始めに2021年に、帆船の形をした海難供養碑の3Dデータを取りました。視覚障害を持つ人のために3Dプリンタで実寸大レプリカを作るなど、年齢や性別、国籍や文化、能力や状況などにかかわらず、できるだけ多くの人が使いやすいように考慮された「ユニバーサルデザイン化」を試みています。

海難供養碑の3Dデータ取得により制作した実寸大モデル

――レプリカがあればさわることで形がわかりますし、石に彫られた漢字も読めそうですね。

そうですね。ただ、視覚障害の方の中には漢字を知らない方も少なくないので、単に漢字をさわれればいいというわけでもないんです。彫られている文字の形を知ってもらうならまず漢字の成り立ちを伝えるべきだし、内容を知ってもらうには音声のほうがいいかもしれない。重さを伝えるには単に3Dプリンタで出しただけでは不十分です。

石造物の「何を」伝えたいのかを抽出し、その目的にかなった形で提供する必要がある。それを考え、工夫するのも「活用」の研究だと考えています。ですから、使う道具も目的によって異なります。3Dデータがあるからといって、3Dプリンタにこだわる必要はないんですよね。

driの充実したデジタル造形機器

――その点、デジタル造形機器が充実しているdriでは、いろんな選択肢がとれますね。

driの環境はすばらしいですね。3Dプリンタやレーザーカッターはもちろん、個人的にすごくうれしいのが、大型の3D切削機が導入されたことでした。木材など自然の素材も加工でき、曲線もつくれます。

――学生さんもこれらの機器の使い方を指導してもらえると伺いました。どのように教えていらっしゃるのですか?

「これを作りなさい」と課題を出すのではなく、何を作るか自分で決めてもらいます。そういう物を作るならこんな機械や方法があるよ、とこちらから提案し、相談して、学生さんが使いたい機械を使う技術を教える、という形です。

できるだけ、最初から「こうするといいよ」とは言わず、むしろ「どんどん失敗してみて」と言っています。もちろん、安全は確保したうえですが。デザインでは、手を動かして作ってみて、うまくいかなかったらなぜうまくいかないのかを考えて、また作って……という行き来から得る発見が重要ですから。

――3Dデータを取ったりデジタル造形機器で物を作ったりするスキルは、多方面で役立ちそうですね。

そうなんです。「地域資源や地域活性化に興味がなくても、この技術は将来いろんなことに使えるだろうからちょっとやってみる?」と学生さんに声をかけることもあります。

地域資源って、見てすぐわかるような形で「そこにある」ものではなくて、当たり前の風景の中に溶け込んでしまっているので、ただなんとなく見ているだけだと見つからない。でも、3Dデータを取ったり、手で触れたり、作ってみたりと具体的に働きかけることで見えてくるものがあるんです。「観察する」「考える」だけじゃなくて「やってみる」ができるのがdriのよさだと思います。

千葉と墨田から、地域資源活用の実践が広がれば

――研究室には海外からの留学生もいるのですか?

はい。アジア圏から多く来ています。そのつながりで、そこまで多くはないですが、海外の歴史的な造形物も研究対象としています。日本と同じように海外にも、重要な文化財として保存・展示されるわけではないけれど、生活に根付いてきた「文化資源」がたくさんあるので、データで記録しています。

たとえば台湾のある地域では、竹を原料にした紙作りの文化があります。行ってみると、やはりその地域特有の道具がありました。竹を潰すのに使われる大きな石の輪などの3Dデータを取らせていただいてきました。今後は実践者・研究者の方々と交流しながら、海外での地域文化の保全や活性化に取り組んでみたいですね。

台湾の竹を潰すのに使われる大きな石の輪のデータを取る

――取るべきものはいくらでもありますね。

地域ごとに必ずあると思いますし、また、必ずしも目に見える「物」とも限りません。たとえば千葉の匝瑳(そうさ)市では昔から、収穫した米などの穀類からゴミを取り除くための「箕(み)」という道具が作られてきました。道具そのものは保存・研究されたりすることも多いのですが、箕を振る「動作」は記録に残しにくい。

そこで私たちは別の研究室と共同で、箕を振る動作をモーションキャプチャで記録してみました。熟達した人と非熟練者とではやはり動きが違うんですよね。このデータは、地域ごとに比較する材料にもなるかもしれません。

箕を振る動作をモーションキャプチャで記録したデータ

モーションキャプチャも一般化が進んでいますが、造形物の3Dデータに関しては、近年よいデータがどんどん簡単に取れるようになってきています。取るだけならスマートフォンで用が足りることも。それは、とてもいいことだと思っているんです。地域資源を活用するために使える技術が誰にでも開かれていく、ということですので。

私は学生時代から千葉大学に通い、千葉が大好きなので、この地の地域資源の発掘と活用は自分が積極的にやっていこうと思っています。墨田区でもご縁が広がり始めました。でも、すべての地域で私ができるわけではありません。日本の各地で「この地域は自分が」という人が取り組んでいく――それが理想の形です。

インタビュー / 執筆

江口 絵理 / Eri EGUCHI

出版社で百科事典と書籍の編集に従事した後、2005年よりフリーランスのライターに。
人物インタビューなどの取材記事や、動物・自然に関する児童書を執筆。得意分野は研究者紹介記事。
科学が苦手だった文系出身というバックグラウンドを足がかりとして、サイエンスに縁遠い一般の方も興味を持って読めるような、科学の営みの面白さや研究者の人間的な魅力がにじみ出る記事を目指しています。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

連載
デザインのチカラ

千葉大学墨田サテライトキャンパスに設置された、未来の生活をデザインする実践型デザイン研究拠点「デザイン・リサーチ・インスティテュート(dri)」を拠点に、さまざまな専門分野でデザイナーとして活躍する先生方の研究・活動を紹介する。

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