カーボンニュートラル実現のために大学ができること #4

都市に眠る既存資源の有効活用を〜ライフサイクルアセスメントで実現するカーボンニュートラル 千葉大学 大学院工学研究院 教授 松野 泰也[ Yasunari MATSUNO ]

#カーボンニュートラル
2023.04.17

目次

この記事をシェア

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • LINEでシェアする
  • はてなブックマークでシェアする

カーボンニュートラル社会を実現するのは簡単ではない。環境に関する専門家として長年研究に取り組んできた大学院工学研究院の松野泰也教授は、「環境問題はブームで片づけてはいけない。一人ひとりが何をできるか考え、取り組む必要がある」と断言する。ライフサイクルアセスメント(LCA)の専門家として、また貴金属リサイクルの常識を覆す「有機王水」の開発者として活躍する松野教授に話を伺った。

それって本当に環境にいいの?LCAで環境負荷を評価する

―先生の研究テーマの一つである「LCA」について教えてください

LCAは主に、原料の調達、製造、流通、製品の使用、廃棄に至るまでの製品のライフサイクル全体における環境負荷を総合的に評価する手法です。LCAで評価した結果を元に、よりよい世の中を実現する方法を考えていく必要があります。また、カーボンニュートラルを実現するために行われている、植林や温室効果ガスを地中に埋める取り組みの効果を検証するのも、LCAの研究テーマの一部です。 

―具体的には、どのような事例があるのでしょうか?

「ガソリン車とEV(電気自動車)のどちらが環境にいいのか?」というテーマは、LCAの根源的なテーマであり、多くの方がイメージしやすいでしょう。自動車は使用時だけに注目すると、温室効果ガスを排出するガソリン車より、出さないEVの方が環境にいいように感じると思います。

しかしLCAでは使用時だけではなく、材料の調達や加工、廃棄に至るまでのライフサイクル全体における環境負荷を評価し、判断します。つまり、EVが本当に環境に良いのかどうかは、駆動のエネルギーとなる電力の発電時に温室効果ガスを排出し、さらにはガソリン車に使われない材料を使うことによる影響も考慮する必要があります。

実際、自動車のLCAを比較検討する共同研究を行ったことがあります。通商産業省(現経済産業省)工業技術院の研究員だったときに、材料や電力を一単位使用するとどの程度の環境負荷が生じるのかを明確にする研究を行っていました。その経験に注目してくれた自動車メーカーから、LCAの観点でガソリン車とEVのどちらが環境にいいのかを明確にしたいという相談があり、共同研究に取り組むことになったのです。

多くの部品で構成され、工程も複雑な自動車のLCAは一筋縄ではいきませんでしたが、使用されている材料や部品の加工方法、物流などを現地現物で細かく分析することで、総合的に地球温暖化対策の観点からはEVの方が優れているという結論を出すことができました。ただ、あれから約20年経ったので、技術もだいぶ進化し、状況は大きく変わっています。

革新的な有機王水は1%のきっかけと99%の努力から生まれた

―研究に関するキーワードである「都市鉱山」について教えてください。

2050年にカーボンニュートラル社会を実現するためには、新たな資源を掘り起こすのではなく、既に使われた資源を有効活用する必要があります。人間の生活圏には多くの資源が存在していますが、特に人が多い都市部は資源の鉱山のようであることから、「都市鉱山」とよばれます。東京オリンピックのメダルに使われた金・銀・銅は、都市鉱山の小型家電から取り出されたことでも注目を集めました。

―革新的な貴金属の回収プロセスを開発したとお聞きしました 

都市鉱山にある貴金属を回収するためには、従来は大規模な設備が必要だったり、必要な薬品の取り扱いが難しかったりと多くの課題がありました。しかし、2018年に私たちが開発した「有機王水」*と名付けた溶媒を使用することで、コストを低減し、環境負荷を抑えながら貴金属の回収を行うことが可能になりました。 

革新的な回収プロセスを実現した有機王水は、組み合わせ次第でさらなるイノベーションも可能です。すでに特許登録(特許第6196662)し、企業や大学との共同研究にも取り組んでいます。 

*使用済みの電子基板を有機溶媒などが入った液体に浸すことで、金を簡便に回収する技術(https://matsuno-lab.tu.chiba-u.ac.jp/research.html#title03) 

―どのようなきっかけで、有機王水のアイディアを思いついたのでしょうか?

元々は、同僚の研究者とのふとした会話でした。当時は東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻に准教授として在籍しており、そこにはお互いを刺激し合える、幅広い分野から集まった先生たちがおられ、垣根なく交流する機会がありました。あるとき、バイオマテリアルの研究をしていた先生から「金板に高分子を装飾する実験中に金が溶けて失敗してしまったけど、これってリサイクルに使えないかな?」と聞かれたのです。これが全ての始まりでした。エジソンの「1%のひらめきと99%の努力」という言葉がありますが、この1%の「きっかけ」と、その後の「状況の詳細な聞き取り、さまざまな調査や実験、現象の追求」などの99%の努力を行うことで有機王水が生まれました。

LCAの専門家・産官学連携活動の経験者として協議会へ参画

―2022年11月に設立された京葉臨海コンビナートカーボンニュートラル推進協議会では、どのようなことを目指しているのでしょうか?

京葉臨海コンビナートは、製鉄会社や化学メーカーの工場などが立ち並んでいるため、国内でも温室効果ガスの多いコンビナートとして知られています。ここでのカーボンニュートラルの実現は、国内・世界のモデルとなれるような取り組みで、産官学が関わる大規模なプロジェクトです。私はこの協議会に有識者として参画しています。

―大規模なプロジェクトで、意義が大きい分、実現に向けての課題も多くありそうですね

道のりは険しいです。例えば、大規模な製鉄所のカーボンニュートラルの実現に必要な燃料となる水素をどう確保するのかは、千葉県だけでは解決できません。国、千葉県、経団連、企業、大学のそれぞれが立場に応じて取り組んでいく必要があります。

千葉にある大学の研究者として、LCAの専門家として、産官学の連携活動に取り組んできた経験を活かして、今後プロジェクトに貢献できればと考えています。

―協議会では、さまざまな立場の専門家と関わる必要がありそうですが、意識していることはありますか?

LCAでは、さまざまな観点での議論が必要です。私が会長を務めている日本LCA学会では、文理融合という言葉が使われるくらい、工学系以外にも心理学や経済学など広い分野の専門家が所属しています。

一方で企業との共同研究をする際には、LCAの工学的なアプローチが求められるため、工学的な視点をずらさないように心がけています。状況や関わる相手によって何が求められているかを把握し、重視すべきポイントをうまく調整することは、常に意識しています。

2050年カーボンニュートラル社会の実現は必須

―長年環境に関する研究をされてきたご経験から、どのような社会が理想でしょうか?

「理想的な社会」ではなく「人工物資源や都市鉱山の活用によるカーボンニュートラル社会」を実現しなければなりません。

化石燃料をなるべく使わずに、再生可能エネルギーを使用することで温室効果ガスの排出量を減らす必要があります。また、新たな資源を地中から掘り起こすのではなく、都市鉱山からリサイクルする材料で完結できるような社会の実現が、今、求められています。 そのために、LCAや有機王水、マテリアルフロー分析などの研究は欠かせません。

―最後に、学生や企業の方、研究者の方へメッセージをお願いします 

長年環境問題に携わっていると、環境に対する関心が高まるときとそうでないときが12年周期くらいで来る感覚があります。しかし、環境問題はブームで終わらせてはいけない問題であり、2050年のカーボンニュートラルは必ず達成しなければなりません。

これからを担う学生には、環境問題の重要性を理解し、解決のために必要なものは何か、それぞれの立場でカーボンニュートラルの実現にどう関われるかという意識を持ってほしいと思っています。

また、企業の方には、これまで取り組んできた環境に関する私の経験を活かせる場面があれば声をかけて頂きたいです。2021年に改正地球温暖化対策推進法が施行され、温室効果ガス排出量の管理が法律化されたことから、企業での対応も必須になっています。

自動車や製錬の分野での経験は特に豊富で、得意分野といえます。ぜひ一緒に取り組んでいきましょう。

インタビュー / 執筆

一之瀬 隼 / Syun ICHINOSE

工学部卒業後、自動車部品メーカーで機械系のシステム設計及びメカとソフトの組込部品開発及び量産展開に従事。
2019年より雑記ライターとして活動開始。その後、製造業全般、ロボットや自動車部品などの技術開発、ITサービスなどの記事を専門とする製造業ライターとして活動を続ける。
エンジニアとライターの両方の経験で構築した知識網と現場感覚を大切に、価値あるご提案をすることを常に心がけています。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

連載
カーボンニュートラル実現のために大学ができること

2050年までのカーボンニュートラル実現を果たすための大学の役割とは?千葉大学で行われている研究事例とともに紹介する。

次に読むのにおすすめの記事

このページのトップへ戻ります