子どもの今と未来を拓く #5

北欧に学び、日本の特別支援教育の発信を~“ギフテッド”を手がかりに「インクルーシブ」を考える  千葉大学 教育学部 教授 石田 祥代[ Sachiyo ISHIDA ]

#子ども家庭庁
2023.03.13

目次

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とびぬけた能力をもちながら学校生活になじめない辛さを抱える子ども“ギフテッド”。文部科学省が2023年度予算案で8,000万円を計上し、“ギフテッド”の支援に初めて乗り出すなど、世の中の関心が急速に高まっている。北欧と日本でインクルーシブ教育の調査を長らく行ってきた千葉大学教育学部の石田祥代教授は、“ギフテッド”を特別枠として分離することなく、すべての「困難を抱える子ども」を包摂しうるインクルーシブ教育の可能性を探っている。 

※インクルーシブ教育
「すべての子どもを包摂する教育」のこと。1994年 国連教育科学文化機関 (ユネスコ)のサラマンカ宣言で初めて国際文書に明記された。障害、性的マイノリティ、外国にルーツがある、ヤングケアラーなど、多様な子どもがいることを前提として、必要な支援を行いながら、すべての子どもの教育の保障を目指すもの。 

障害の有無ではなく、子どもが抱える「困難」に着目して支援を

――“ギフテッド”の研究は日本でも盛んになりつつあるのですか? 

実は“ギフテッド”とは、学問的に定義された言葉ではないのです。ごく一握りの天才的な人をイメージする方もいらっしゃるかもしれませんが、私が軸足を置いているインクルーシブ教育の分野では「何かにおいて特別に優秀」で「学校生活や学業に困難を抱えている」という2つの特性から「2E(twice exceptional、ツーイー)」という語をよく使っています。 

従来、日本の特別支援教育の制度では、知的障害や身体障害などの「障害」の有無で子どもたちを見てきました。最近では、発達障害も注目されています。そのため、秀でた能力がある2Eの子は支援の必要性があまり認識されていませんでした。ようやく最近になって2Eの子どもたちが抱える困難に目が向き始めたというところだと思います。 

もちろん、2E教育の実践例は日本を含め世界中にあります。ただ、体系的・俯瞰的な調査や研究はまだ緒についたばかりといっていいでしょう。 

――北欧での調査を25年以上続けていらしたとのことですが、日本のインクルーシブ教育の課題はどこにあると思われますか?  

日本のインクルーシブ教育の課題は、「障害」を基準に支援の有無を決めている特別支援教育の影響が強いことです。私はその子が2Eであるか否か、障害があるか否かで線引きをするのではなく、教育を受けるにあたって困難を抱えている子がいれば、どんな困難であってもその子の教育を支援するのが本来の意味での「インクルーシブ教育」ではないかと考えています。 

学齢期の子どもが抱える困難には発達障害や2E以外にもさまざまなものがあります。たとえば、親の貧困やネグレクトによって学校にちゃんと通えない子どももいれば、育った国とは異なる国で暮らし、新たな言語や文化への適応に困難を感じる子どももいます。 

日本ではそうしたさまざまな困難に対して、教育関係者や福祉関係者などがそれぞれに対応しようと懸命に努力されていますが、すべてを別のフィールドで取り組む傾向があるため、その努力が有機的に結びつかないのが課題だと私は考えています。 

一方、北欧では障害の有無ではなく、困難の有無で支援を考えている点、そして、その子の人生をトータルで見ているところに日本との違いを感じます。 

例えば発達障害の子や不登校の子を支援するのはそれなりにお金のかかることだけれど、いま手厚くケアをせずに学齢期を終えてしまえば、その子はその後の人生において社会福祉に頼らざるを得なくなるかもしれない。それよりはいま、子どものうちにしっかり支援したほうが誰にとってもプラスが大きい、という考え方をしています。 

――北欧の、いわゆるギフテッド教育はどのような状況ですか 

まだ調査を始めたばかりですので全体を俯瞰して傾向を見出すには至っていませんが、先日、スウェーデンやフィンランドの現職の先生や教育関係者にインタビュー調査をしてみたところ、興味深いお話が聞けました。 

フィンランドでは、2Eの子の特別クラスを設けることは現在していないとのことです。過去に小学生を中学校や高校に飛び級させてみたところ、学業について問題はなかったものの、人間的な発達が追いつかなかったためか、全体としてあまりよい効果が表れなかったそうです。現在では年齢相応のクラスに所属したままで、得意な教科だけ個別授業を受けたり、上級学年のクラスで授業を受けたりすることで、比較的うまくいっているようです。 

――アメリカでは、飛び級や飛び入学が積極的に行われていますね 

はい、同じ課題に対し、世界中で色々な試行錯誤や解決策があります。ある程度の格差を許容しても個人の実力をめいっぱい伸ばそうとするアメリカと比べると、北欧はどちらかというと「平均的に質のいい教育をできるだけ多くの子に提供しよう」と考え方が優勢です。その点では北欧のほうが日本と考え方が近く、参考にできることが多いかもしれません。 

北欧は「お手本」ではなく、お互いから学べるパートナー 

――千葉大学教育学部附属特別支援学校でも調査を行っているのでしょうか? 

はい。研究の意義をご理解いただき、調査などにご協力いただける大変ありがたい関係です。当校は伝統的に、遊びや生活単元などを通じて子どもの運動能力や手の巧緻性などを高める授業を行ってきました。校庭にも教室にも教育目標に沿って工夫された遊具を準備することで、例えば運動やコミュニケーションが苦手な子も、遊びながら、全身運動をして友だちと関わることができます。 

この春にはノルウェーから研究者が来日して当校を訪問し、このような「教科と領域を融合した取り組み」を見学することになっています。 

私たちが北欧のインクルーシブ教育から学べることは多々ありますが、同時に北欧が日本の現場の実践からヒントを得ることもあるでしょう。北欧は単に真似すべき「模範」ではなく、世界中のみんなが共通して抱えている課題をどう解決するか、一緒に考えるパートナーだと思っています。 

小さな工夫で実現できるインクルーシブ教育 

――縦割りの意識が強い日本では、福祉と教育の垣根を越えて、あるいは国が決めたルールや仕組みを変えて子どもが抱えている多様な困難に対応することが難しいようにも思われます 

教育制度や支援の仕組みを抜本的に変えるのは容易ではありませんが、市区町村などの小さい単位でとりうる方策はありますし、学校単位、クラス単位でできる工夫もあります。先ほどのフィンランドで2Eの子が得意な教科だけ上級学年で受けられるようにしたケースは、地域の中学校と高校の連携によって実現したものでした。 

ほかにも、先日は日本の小学校の体育の授業で、単に高い順に跳び箱を並べておくだけでなく、高さを追求できる列や、跳び箱の上ででんぐり返しをする列、うまく跳べなくても低い段で繰り返し練習できる列など、生徒の習熟度に合わせた活動ができる工夫がされている現場を見ました。 

そのような「多様な発達・背景」に即した授業運営は、先生方のインクルーシブ教育への意識によって実現されるものが少なくありません。 

そのためには、現場の先生方にインクルーシブ教育について知っていただくことが重要です。今では教職課程で必ず学ぶようになっているので、若い世代の先生ほど、子どもたちの多様なニーズへの配慮が行き届くようになっている印象があります。ただ、現行の課程で必須とされている1単位(7-8回の講義)では十分とはいえないので、千葉大学教育学部では2単位を必修とし、さらにインクルーシブ教育科目群を設け、学びが深まるようにしています。 

――今後、特に力を入れたい研究があればお教えください 

SDGsが各国のインクルーシブ教育にもたらした効果についてですね。日本は教育の質が高く、SDGsの目標4「質の高い教育をみんなに」の項目は達成されていると評価されました。けれど「SDGsが達成されたから終わり」ではなく、まだ足りていない分野をSDGsの観点から細かく評価するべきではないでしょうか。例えば義務教育のレベルでは日本の特別支援教育は比較的行き届いていますが、高校に進学すると支援が手薄になってしまうという課題が残されています。 

また、コロナ禍によってリモートで授業を受けられるようになったのに、コロナの収束とともに学校がリモート参加を一律に認めなくなり、医療的なケアが必要で入院している子や、不登校の子の教育へのアクセスが再び閉ざされてしまう事態が散見されるようになっています。 

2Eを含め、多様な困難を抱えている子への教育支援として日本では何が必要で、どんなことであれば実行可能だろうか。北欧、そして最近共同研究を始めたイギリスやスコットランドなどの研究者とともに、教育制度といったマクロな面から現場のさまざまな試みまで幅広く調査しています。そして、その成果を教育関係者の方々が使いやすい知見として提供することで、次世代を担う世界の子どもたちの教育環境を整えることが目標です。 

他方、戦争などで学校に行けない子どもたちも世界的に増えています。先進国として子どもたちに教育の機会を提供するために何ができるかということも、我々国際チームで考えていきたいと思っています。 

インタビュー / 執筆

江口 絵理 / Eri EGUCHI

出版社で百科事典と書籍の編集に従事した後、2005年よりフリーランスのライターに。
人物インタビューなどの取材記事や、動物・自然に関する児童書を執筆。得意分野は研究者紹介記事。
科学が苦手だった文系出身というバックグラウンドを足がかりとして、サイエンスに縁遠い一般の方も興味を持って読めるような、科学の営みの面白さや研究者の人間的な魅力がにじみ出る記事を目指しています。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

連載
子どもの今と未来を拓く

子どもの健やかな成長を支えるための取り組みは欠かせない。現代の子どもたちを取り巻く社会的課題に立ち向かう、千葉大学の研究者による「子どもの今と未来」の研究に迫る。

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