子どもの今と未来を拓く #2

これからの社会を生きるための「デジタル・シティズンシップ」教育とは 千葉大学 教育学部 客員教授・特命教授/千葉大学教育学部附属中学校 副校長 三宅 健次[ Kenji MIYAKE ]

#子ども家庭庁
2022.11.28

目次

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今や小学校からパソコンやタブレットを授業で活用する時代。これまでのようなリスクを恐れ、教師や保護者が一方的に機器の使用を制限する指導では時流に追いつけなくなった。これからは生徒が自分で考え、最善の行動を選択する「デジタル・シティズンシップ」が求められるという。ICT教育において、千葉大学教育学部附属中学校の藤川校長が全幅の信頼を置く同校 三宅健次副校長に、インターネット黎明(れいめい)期からの歩みをうかがった。

※「Information and Communication Technology」の略称、「情報通信技術」を意味する

5~10年先を見越したICT教育を1990年代からスタート

―先生がICT教育に携わられた経緯を教えてください

もともと技術科の教員として、千葉市内の中学校教諭を経て1989年に附属中学校へ赴任しました。1992年には生徒が一人一台のノートパソコンを使用できる環境が整い、まずはプログラミングの授業を、そして1994年からインターネットを活用した授業を開始しました。

―1994年というと、まだWindows 95が出る前ですね

一般的な中学校に比べて、かなり早いスタートでした。日本にいながら海外の情報が閲覧できるすごさを伝えたくて、ホワイトハウスのホームページを見せたのですが、生徒の反応は今ひとつでしたね。反対に、離れた席から友達にメッセージを送ることのできる電子メールの反響は大きく、大人と子どもでは関心を持つポイントが異なるのだな、と実感しました。電子メールを自由に使わせていると、ふざけたやり取りが行き来するようになりました。この様子を見ていて、授業を通してインターネットのよりよい使い方を身に付けさせていく必要性があると感じました。これが情報モラルについて取り組んでいくことになったきっかけです。

ただし、PC室のパソコンにはあえてフィルタリング機能を入れませんでした。自由なネット環境で、生徒がどのように振る舞うのか知りたかったのです。

―先生の覚悟が伝わるエピソードです

ご想像通り、さまざまな問題が発生し、生徒への指導や各方面への謝罪に追われました。具体的な例を挙げると、まずはなりすましによるクラスメイトへの悪口送信、それがエスカレートしてインターネット掲示板への不適切な書き込みなどが見られました。当時の中学生はログが残るとは知りませんから、匿名なら隠し通せると考えたのでしょうね。

これらは、始めからフィルタリング機能を導入していたら見えなかった課題です。おかげで、インターネットで失敗しないようにするための情報モラルに関する教材をたくさん作成することができました。これから学習を始める学校のモデル校としての使命ともいえますね。こうしてICT教育へと軸足を移していきました。

「ICT教育」という言葉が使用されたのは2005年からですが、附属中学校ではこの言葉が使用される以前から「情報教育」として、常に5~10年先を見越して起こるであろう課題を先取りしてきました。

コロナ禍で追い風が吹いたGIGAスクール構想

―最近よく耳にする「GIGAスクール構想」とは、どのような施策なのでしょうか

GIGAスクール構想とは、高速大容量の通信ネットワーク整備と小学校、中学校、特別支援学校の全学年の児童生徒に対して一人一台端末を配布し、ICT機器を活用できる環境を整える施策です。GIGAとはGlobal and Innovation Gateway for Allの略で、私は国際社会と革新的な技術の入り口を全ての児童・生徒に、という意味でとらえています。

2018年のOECDによる子どもの学力調査で、日本は授業でのICTの活用が最下位でした。この結果に危機感を持った政府が文部科学省を通して打ち出したのがGIGAスクール構想です。当初は2023年を目標にしていたのですが、コロナ禍による休校を受け「学びを止めない」ために予定より約2年前倒しとなりました。

―確かにコロナ禍でのオンライン授業など、ICT活用が劇的に加速しました。マイナスの意見はありましたか?

おおむね良好でしたが、一部の家庭でスマホの使用時間を制限していたのに、学校から貸与された端末を長時間使うようになった、と保護者からの嘆きを耳にすることもありました。思い返してみると、1980年代に家庭用ゲーム機が普及して以来、「使いたい子どもと使用時間を守らせたい保護者」という対立構造は今に至るまで脈々と続いているようです。
ゲーム機やスマホなら端末を没収するといった対策も考えられますが、端末は勉強にも使用しますので没収するわけにはいきません。そこで大切なのが「なぜ使用制限が必要なのか」を子ども自身が理解することです。

出典:一般社団法人 日本教育情報化振興会 『ネット社会の歩き方 動画教材 No.105 「人のフリ見て,我がルールを作れ!」』より
三宅先生が作成に関わった教材では、スマホが健康に及ぼす影響にも触れている。「スマホの弊害を知り、アナログ環境も大切にしてほしいと願っています」

現代を主体的に生きるための「デジタル・シティズンシップ」

―子どもたち自身が考えてICT機器を利用する……。理想ではありますが、ハードルが高そうに思えます

端末が整備される前は、携帯やスマホが急速に普及し、従来のボトムアップによる情報モラル教育が追いつかず、外部講師や生徒指導の先生によるトップダウンによる注意喚起が主流となっていました。注意喚起の場合、その場では理解できても定着率が低いという課題があります。また禁止事項を確認し、守らせる指導法は危機回避には効果がありますが、それだけでは情報社会に主体的に対応できる力を身に付けさせるには不十分といえます。

そこで注目されてきたのが、欧米で取り組まれている「デジタル・シティズンシップ」です。

―「情報モラル」と「デジタル・シティズンシップ」、その2つはどのような違いがありますか

そもそもの情報テクノロジーに対する考え方が大きく異なります。情報モラルでは、スマホやパソコンなどのネガティブな側面に焦点を当て、自身の態度を考えさせる「内向き」の教育です。
それに対し、デジタル・シティズンシップでは、デジタル情報であふれる現代社会において、そこで生きる「市民」としての振る舞いやデジタルメディアの積極的・ポジティブな活用を考える「外向き」の教育です。

iPhoneが誕生したのが2007年、現在15歳以下の子どもは物心ついたときから、手のひらサイズのデジタル端末が身近にある世界で生きているのです。デジタルとアナログ、ネットとリアルを切り分けて考える方がむしろ不自然といえます。
従来の情報モラル教育にも大切な要素は含まれていますから、併用しながらデジタル・シティズンシップ教育を進めています。

出典: ICT授業研究会「デジタルシティズンシップと情報モラルの違い」より

―デジタル・シティズンシップ教育ではどのような授業を行っているのでしょうか

デジタル・シティズンシップは授業だけではなく、学校の教育活動全体を通して培っていくものと考えています。それは学級・学校経営や生徒会活動なども含みます。授業では国語で情報活用能力や批判的思考力を扱ったり、道徳で社会参画を扱ったりしています。

具体的な事例として、社会科で新しい権利の1つとして注目されている「忘れられる権利」について扱ったものを紹介します。

これはインターネット上に残り続けている、自分にとって望ましくない過去の報道の削除を争う裁判について考えさせるものです。日本でも同様の裁判が最高裁まで上告され、「社会的に関心が高い」内容のため削除できない判決がくだされました。しかし、この問題には本当の意味での正解はありません。ある事柄に対する社会の関心の高さは、その時代によって変わっていきますし、そのとらえ方は個々によって異なるものです。忘れられる権利(プライバシー保護)と知る権利、それら2つの観点からさまざまなケースについて生徒に考えてもらいました。

これからの社会を生きる人材を育てるために

これからの世の中はますます「正解がない時代」へと向かいます。その中で生き抜くにはさまざまな問題に対して、自分だったらどう考え、どうするのか。創造力をはたらかせ、主体的に対応する力がますます求められてきます。

ICTに関しても、上手に活用するために自分の頭で考え、その場面での最適解を自らの力で導き出す能力こそが求められます。デジタル・シティズンシップ教育を通して、子どもたちが自分なりの考えを持つ土壌を育み、その上でデバイスを自由に使わせてみる。それが、これからの社会を生きる人材を育てるための教育ではないか。私はそのように考えます。

インタビュー / 執筆

安藤 鞠 / Mari ANDO

大阪大学大学院工学研究科卒(工学修士)。
約20年にわたり創薬シーズ探索から環境DNA調査、がんの疫学解析まで幅広く従事。その経験を生かして2018年よりライター活動スタート。得意分野はサイエンス&メディカル(特に生化学、環境、創薬分野)。ていねいな事前リサーチ、インタビュイーが安心して話せる雰囲気作り、そして専門的な内容を読者が読みやすい表現に「翻訳」することを大切にしています。

連載
子どもの今と未来を拓く

子どもの健やかな成長を支えるための取り組みは欠かせない。現代の子どもたちを取り巻く社会的課題に立ち向かう、千葉大学の研究者による「子どもの今と未来」の研究に迫る。

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