園芸イノベーション〜「食」と「緑」の未来を創る #5

気候変動に左右されない果実のデザインで世界へ!~特別な日を彩るオーダーメイドワイン用のぶどう開発に挑む 千葉大学 大学院園芸学研究院 助教 齋藤 隆德[ Takanori SAITO ]

#園芸・ランドスケープ
2022.10.12

目次

この記事をシェア

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • LINEでシェアする
  • はてなブックマークでシェアする

芽が出て花が咲き、実が熟し、葉が落ちる。当たり前のように毎年繰り返される果樹のライフサイクルは、遺伝子に組み込まれて受け継がれる。まだ謎に満ちた果樹のフェノロジーを遺伝子レベルで探求・応用し、さらに魅力的な果物の栽培に挑戦している園芸学研究院の齋藤隆德助教に、果樹栽培が直面している課題と解決案について伺った。

※フェノロジー(Phenology): 季節の変化に伴う、動植物の行動・活動変化 (植物でいえば発芽・開花・紅葉・落葉など) のこと。もしくは、それらを研究する学問のこと。近年、地球温暖化などの環境問題の観点からも注目されている研究分野である

秋の冷え込みは、「目覚まし」のアラームをONにする合図

―先生は季節の移り変わりに伴う果樹の変化について研究されています。「桜の花が咲くには、寒さが必要」と聞いたことがありますが、なぜ寒さが必要なのでしょうか。

植物は芽を出した場所から自分では動けない代わりに、環境の変化を敏感にキャッチする多様なセンサーを持っています。植物などの季節に伴う状態の変化はフェノロジー(生物季節)と呼ばれますが、温帯に生息する果樹は、秋から冬にかけて日が短くなり冷え込んでくると休眠(成長停止)のスイッチが入るしくみが備わっています。目覚ましのアラームをかけてから、ふとんに入るような状態です。

そして、低温環境で一定期間過ごすと、アラームが作動して休眠から目覚めます。必要な低温期間は植物によって異なり、例えばりんごは秋ごろ休眠に入り、2カ月以上の寒さを必要とします。これを寒冷期といいますが、ぶどうはあまり寒さを必要とはせず、1カ月もかからないものもあります。

ところで桜の花は暖かくなると花が咲くというイメージも強いかと思います。実は寒冷期が過ぎてアラームが作動しても、暖かくならないと開花のスイッチは入りません。まるで寒い朝に、目覚ましが鳴ってもふとんから出られない私たちのようですね。ちなみに沖縄でソメイヨシノが開花しないのは、この寒冷期がないためです。

果物が環境に適応してきた謎を解き明かす

そもそも植物は、なぜ季節の変化がわかるのですか?

植物は長い時間をかけて、環境に適応してきました。環境の情報を遺伝情報(DNA)へ独自の「カレンダー」として組み込んで、次世代へと伝えることで生きのびてきたのです。

―植物はDNAに全て記憶されている通りに育つのでしょうか?

100%遺伝情報そのままに育つわけではありません。全く同じ遺伝情報を持っている一卵性の双子にも個性があるように、環境などの後天的な条件が植物にさまざまな変化を与えることもあります。

そのひとつが私たちのグループで研究を進めている、りんごの色です。陸奥という種類のりんごは、いわゆる青りんごと呼ばれ黄緑色の果皮を持ちます。アントシアニンという赤い色素を作る能力がないために黄緑色をしていると考えられていましたが、次のように光の環境を変えた実験をすると果皮の色が赤く変わるという不思議な性質を持っています。

※千葉大学、静岡県立農林環境専門職大学、弘前大学による研究グループ

風雨等や害虫から保護するため、果物を幼果のときに紙袋で覆います。私たちは3パターンに分けて紙の袋をかけ、陸奥を育ててみました。

紙の袋のかぶせる時間・タイミングによって果皮の着色パターンが変わったりんご

① 紙の袋をかけて栽培:白色の果皮(写真左)

② 紙の袋をかけずに栽培:黄緑の果皮(写真中央)

③ 途中で紙の袋を外して栽培:赤色の果皮(写真右)

この実験から、遺伝子を操作しなくても、育てる環境を変えるだけで果物の特性を変化させられると証明しました。これは植物によるストレス応答による現象 (シトシンのメチル化など) だと推測されます。

環境の調整とゲノム編集。この2つの方法を応用して色・甘さ・香りが大きく向上した、高い市場価値を持つ新しい果物を作るプロジェクトが2021年に立ち上がりました。主にぶどうを対象とし、2030年ごろの千葉大ワイン発売を目指して研究を進めています。

世界に一つしかない、オーダーメイドのワインで記念日を祝う

2021年に先生の研究テーマ「植物工場でのブドウ栽培を実現する先進的果樹栽培技術の確立」が千葉大学・園芸学研究院の園芸フロンティア研究プロジェクトに選ばれました。「先進的な果樹栽培」とは、どのような研究なのでしょうか。

ぶどうを含めた果樹では手入れをしないとツルや枝が好き放題に伸びてしまいます。その構造も複雑なため、作業の自動化や収穫の機械化が難しいという欠点がありました。
また、おいしいぶどうを作るためには収穫のタイミングが非常に重要で、早すぎると糖分不足で酸味が強く、遅すぎても味のバランスが悪くなります。しかし、特に近年は温暖化や異常気象のせいもあり、収穫時期の見極めは難しくなっています。また収穫は台風が多い時期になるため、実が傷まないように雨や台風との戦いでもあり、かなりの重労働です。

その課題を解決するため、今回選んでいただいたプロジェクトでは、複雑な構造をシンプル・小型化することで、機械による自動化をしやすい新しいぶどうの栽培技術や新品種の開発をスタートしました。精密にデザインしたぶどうなので「デザイナーズベリー」と呼んでいます。

同時に、味や香りをより高める研究も進めています。単においしいというだけでなく、贈る人をイメージしたオリジナルワインなど、物語を込めた世界に一つだけのオーダーメイドワインが作れるようにしたいと考えています。

なぜぶどうに着目されたのでしょうか?

ぶどう栽培とワイン生産の歴史は紀元前のエジプトにまでさかのぼり、ヨーロッパ文明そのものといっても過言ではありません。何千年にもわたってヨーロッパの人々に愛されてきたワインですが、近年の気候変動によりフランスでの良質なぶどう栽培が難しくなり栽培に適した地域が北へ移動すると予測されています。

気候変動の影響が、何千年と受け継がれてきた文化を脅かしているのですね。

日本も例外ではなく、温暖化により夏が高温になることでぶどうの色が悪くなったり、また冬は寒冷期の長さが不足することで日本なしの花がうまく咲かないといった問題が生じてきています。将来的に温暖化が進むとさまざまな果樹で同じ問題が起こると予想されています。

すぐに結果を出すことが難しい課題ですが、温暖化というグローバルな社会問題の解決につながるだけでなく、日本の果樹産業に貢献できるような研究を目指しています。現在は品種改良を目標に温暖化でも着色がよくなる遺伝子の研究を進めるとともに、培養技術を活用して寒さが足りなくても花を咲かせる薬の探索をしています。

さらに、ぶどうをコンパクト化し、植物工場で栽培するゴールも設定しています。植物工場なら気候変動の影響を受けず、世界のどこででもぶどう栽培が可能です。南極や宇宙で育てたぶどうからワインを作ることも夢ではありません。

夢が広がりますね。現在はどの程度まで研究が進んでいるのでしょう。

いまはぶどうの育て方を工夫しているところです。小学校で育てるアサガオくらいの大きさまでコンパクトにできています。いよいよ来年から収穫が始まるのですが、コンパクトにできた反面、どうしても果実を生産できる量が減ってしまうといった欠点があります。実の大きさとコンパクト性を両立できる最適な生育条件を、3次元データやモニタリング等の先進技術を用いて探索しています。

また果実の利用法についても実験を進めています。人工的に気候条件を変えたり、貯蔵技術の工夫することにより、甘口のデザートワインも作れたらと実験を始めたところです。

着々と進んでいますね!ところで、先ほどから園芸学部でなじみ深い「環境制御」「最適な生育条件」「モニタリング」などのキーワードが聞こえてきました。ほかの研究室の先生方と共同で研究されているのでしょうか?

このプロジェクトは、「ツリーデザイン班」の加藤顕准教授、「フルーツデザイン班」の彦坂晶子准教授、「ゲノムデザイン班」の児玉浩明教授など計7名の園芸学研究院の先生方によるご協力のおかげで成り立っています。私がリーダーを務めるのがおこがましいほど、先生方の英智があふれる千葉大学・園芸学部らしいプロジェクトです。さまざまな実験を経て千葉大ブランドのワインを開発することをゴールと位置付けています。

先生方のご協力に恥じないように、そして皆さんの夢を形にできるようプロジェクトの成功に向けて邁(まい)進します。

インタビュー / 執筆

安藤 鞠 / Mari ANDO

大阪大学大学院工学研究科卒(工学修士)。
約20年にわたり創薬シーズ探索から環境DNA調査、がんの疫学解析まで幅広く従事。その経験を生かして2018年よりライター活動スタート。得意分野はサイエンス&メディカル(特に生化学、環境、創薬分野)。ていねいな事前リサーチ、インタビュイーが安心して話せる雰囲気作り、そして専門的な内容を読者が読みやすい表現に「翻訳」することを大切にしています。

連載
園芸イノベーション〜「食」と「緑」の未来を創る

国立大学で唯一存在する「園芸学部」は千葉大学にあった。食とランドスケープをテーマに新たな可能性にチャレンジする研究者たちに迫る。

次に読むのにおすすめの記事

このページのトップへ戻ります