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“パフォーミングアーツ医学: PAM” の拠点を目指して〜音楽家やバレエダンサーにも専門のドクターを  千葉大学 医学部附属病院 特任助教 金塚 彩[ Aya KANAZUKA ]

2023.02.22

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アスリートを対象とするスポーツ医学に比べ、同じく身体を酷使するピアニストやバレエダンサーなどアーティストを専門に診る医学「Performing Arts Medicine: PAM(パム)」の存在は、日本ではまださほど知られていない。千葉大学医学部附属病院 整形外科で専門外来を2018年に立ち上げた金塚彩先生に、その経緯と目指すところを伺った。 

診察室で演奏してもらい、障害の原因を探る 

――「パフォーミングアーツ医学」とはどのような医学なのですか?

あまり聞き慣れないかと思いますが、クラシック音楽やバレエといったパフォーミングアーツ(舞台芸術)の歴史が長いヨーロッパで、演者特有の問題に対応できる医学の必要性が認識され、発達してきた分野です。 

私自身は、さまざまなアーティストの中でも、主に音楽家の方々の診療と研究をしています。ほとんどの楽器は上肢を使って演奏するので、私は「手外科(てげか)」の医師として経験を積んだ後にPAMの専門外来を開設しました。 

PAM専門医が使える技術や知見は、ほかの手外科医と劇的に異なるわけではありません。ただ、たとえばプロのピアニストがなんらかの理由で指が動かしにくくなって整形外科で治療を受けたとします。その結果、日常生活が問題なく送れるようになったとしても、演奏家として必須の精緻な動きができるまでには回復しなかったら、その人の人生やアイデンティティは危機にさらされてしまいます。 

そうした音楽家が抱えがちな障害や不安、そしてその方が理想とするゴールをより正確に理解することがPAM専門医の役割の一つです。患者さんに寄り添いながら現実的なゴールに向かうために、その分野特有の障害に関する知識と診療経験を積みながら治療に当たっています。 

――PAM外来ではどのような診察をするのですか? 

問診に加え、診察室で演奏もしていただきます。演奏前のルーティンが障害の原因となっていることもあるので、できるだけご自身の楽器を持参していただき、いつも通りの演奏動作を見せていただくことが重要なんです。 

その後、必要に応じて精密な検査を行い、どんなリハビリテーションを行うか、あるいはどんな術式で手術を行うかなどの治療方針を決めます。リハビリテーション科のほか、神経内科や精神科の先生とも連携して包括的に診ています。特に、演奏時だけ体が思うように動かせなくなってしまう「フォーカルジストニア」という疾患に対しては、他科との連携によって治療の成果が見えるようになってきています。 

2018年にPAM外来を新設した当時は音楽家の方々にもほとんど知られていない存在だったのですが、最近では「ぜひここで診てもらいたい」と遠方からいらっしゃる患者さんも増え、音楽家の方のお力になれることをうれしく思っています。 

「なぜ音楽家専門の外科医がいないのか?」という疑問から 

――どのようなきっかけでPAMに関心をもたれたのですか? 

小さいころからピアノやフィギュアスケート、バレエやバイオリンを習っていたのですが、その中でも音楽が好きで、特にバイオリンは中学生からオーケストラ部に所属し、高校や大学でコンサート・ミストレス(首席奏者)を務めていました。 

ところが、大学で医学部に進学して体力作りのためにやっていたスキーで転倒し、右腕を骨折してしまいました。ケガをしてしまったというだけでも自己嫌悪に苛まれているのに、回復し始めてから、いつ練習を再開していいか整形外科で尋ねても明快な答えはなく、不安が募るばかりでした。 

そのとき「アスリートには専門の医師がいるのに、なぜ音楽家を専門に診る医師はいないんだろう」と思ったことが、後にPAMに興味をもつきっかけになりました。 

日本で整形外科医としての研修を終えるころ、PAMを学ぶためにドイツとイギリスに留学しました。現地ではPAMの診療や研究を牽引する専門家は音学と医学の2つの学位を持っていたり、音楽大学の中にPAMのクリニックがあったりします。その文化や環境の豊かさに圧倒されました。 

帰国後、千葉大学病院とは別組織への出向が決まったのですが、出向中も週のうち一日は研究に充てることができたので、その一日で「PAM外来をやらせてください」と整形外科のトップである大鳥精司教授にお願いして、開設を認めていただきました。 

モーションキャプチャーを用いた動作解析もスタート 

*ヒトの関節などの位置と動きを測定して、デジタル的に記録する技術のこと。スポーツ選手の身体データを計測したり、アニメーションやゲームで、キャラクターの人間らしい動きの再現に利用されたりしている。 

――臨床だけでなく基礎研究にも取り組んでいらっしゃるとか 

歩行や姿勢に関してはモーションキャプチャーを用いた動作解析(光学式三次元的動作分析)がよく行われている一方で、上肢の動作解析の報告は限られています。体のほかの部位よりも手の関節の数ははるかに多く、動きも複雑なためかもしれません。 

ただ、音楽家の患者さんを対象とするなら、手術の術式選択やリハビリテーションのプログラム策定には上肢のバイオメカニクス、すなわち動作解析に基づく知見が必要ではないか、と私はずっと考えていたんです。 

――閉ざされているかのように見える扉をいくつも開けてきて、今があるのですね。動作解析は工学分野との共同研究ですか? 

はい、千葉大学フロンティア医工学センターとの医工連携により成り立っています。ピアニストの上肢の関節という関節にマーカーをつけて動きを見たり、採血動作において、熟練者(医師)と初心者(学生)の違いがどこに出てくるのかを比較したりしています。 

いま動かしているのは画像解析を専門とする先生との共同研究ですが、動作解析の専門家、特に光学式・磁気式三次元的動作解析のご経験をお持ちの方ともぜひ共同研究したいと思っています。ご興味や知見をお持ちの方がいらしたら、お声をかけていただけるとうれしいです。 

臨床研究推進支援に加え、音大との連携も 

――臨床研究開発推進センター(TRAD)のメンバーでもいらっしゃるとのことですが、TRADとはどのようなことをしているのですか? 

臨床の現場から生まれた疑問やニーズを研究として組み上げ、安全に遂行し、成果が出せるように臨床医の研究支援をする組織です。 

千葉大学病院は、大学病院として質の高い研究を出していく使命があります。その一方で、臨床研究には患者さんの保護や膨大な事務手続きといった特有のハードルがあります。 

そこで、研究と臨床の両方の経験をもつスタッフが、臨床医の方々の研究を立ち上げから論文化までサポートするのです。研究のプロトコル検討や事務手続きの支援によってアクセル役を果たし、データ管理や患者さんの保護においては慎重さを担保するブレーキ役として働くことも求められています。 

――PAM外来とPAM研究とTRADの3足のわらじとは、お忙しそうですね。 

2022年からは音大と連携した活動も始めました。東京音楽大学と連携協定を結んで、学生さんの検診や、障害予防に必要な知識を伝える講演などを行っています。そのうえ家には3歳の子がいて4足のわらじを履いているため、時間は常に足りないです(笑)。 

でも、質の高いPAM研究の拠点を作ることで、日本でもPAMの診療・研究仲間が増えていく循環を起こしたいと思って、日々時間をやりくりしながら取り組んでいます。PAMに興味をもたれた学生さんや若手研究者の方は、ぜひ整形外科に見学にいらしてください。 

インタビュー / 執筆

江口 絵理 / Eri EGUCHI

出版社で百科事典と書籍の編集に従事した後、2005年よりフリーランスのライターに。
人物インタビューなどの取材記事や、動物・自然に関する児童書を執筆。得意分野は研究者紹介記事。
科学が苦手だった文系出身というバックグラウンドを足がかりとして、サイエンスに縁遠い一般の方も興味を持って読めるような、科学の営みの面白さや研究者の人間的な魅力がにじみ出る記事を目指しています。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

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