デザインのチカラ #5

さまざまな生物が共存する都市の創造~時とともに移ろう景観を 千葉大学 大学院園芸学研究院 / デザイン・リサーチ・インスティテュート 准教授 霜田 亮祐[ Ryosuke SHIMODA ]

#園芸・ランドスケープ#dri#デザイン
2023.11.07

目次

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近年では、循環型社会に合わせた都市の緑化が検討されている。たとえば、時とともに移ろっていく風景づくりや、人間とそれ以外の生き物が共存する小さな生態系が存在している場所を増やすことなどだ。それをどのように実現していくのかを研究しているのが、園芸学研究院の霜田亮祐准教授だ。墨田区で実証実験を行いながら都市の緑化を目指す取り組みを中心にお話を伺った。

時とともに移り変わることを想定した風景をデザイン

―先生の取り組まれている「サーキュラー・ランドスケープデザイン」という研究テーマについて教えてください

サーキュラー・ランドスケープデザインは、時とともに風景が変わっていくことを視野に入れてデザインします。デザインの対象は人間だけでなく、人間以外の動植物の生息域も対象です。現在、世界的にも持続可能な循環型社会を形成するための主要な考え方である“サーキュラーエコノミー”などの潮流に即した形で、空間を1つの資源として未来に向けて循環させるランドスケープのデザインに取り組んでいます。昨今取り組んでいる、樹林の中に墓地を作る樹林葬墓苑のプロジェクトがまさにサーキュラー・ランドスケープデザインのひとつの形です。このプロジェクトでは森をひとつの空間資源として捉えて、それを祈りの対象にしていくことを特に意識しています。

*これまで経済活動のなかで廃棄していた製品や原材料を「資源」と考え、廃棄物や汚染をなくし、資源を循環させ、自然を再生するための循環型の経済システム。循環経済とも呼ぶ。

―サーキュラー・ランドスケープデザインはあまり日本ではなじみのない分野かと思います。どのようにしてこの分野に進まれたのですか?

私は千葉大学園芸学部緑地環境学科を卒業しました。大学時代からデザインと環境をうまくつなげるランドスケープアーキテクチャにとても興味があり、本格的にそれを学ぶために、2001年ごろにアメリカのハーバード大学にあるGraduate School of Design (GSD)という大学院で学びました。米国と日本両方のランドスケープ設計事務所で仕事をしたのちに、千葉大学に教員として戻ってきました。

都市の中に小さな生態系を作る緑化

―現在、墨田区と連携して実施されている、サーキュラー・ランドスケープデザインの取り組みについて教えてください。

墨田区と連携して実施している取り組みにおける主要な研究課題としては、地域の緑化を推進する仕組み作り、雨水利用、そして、環境教育の3つです。これらを網羅した実証実験を、墨田区の文花中学校の屋上緑化で行っています。

これまでの屋上緑化は内容についてしっかりと議論されずに、地上にあるような緑地をそのまま屋上に持ってくるか、セダム類のような多肉植物を薄層の植栽基盤に植えられる形が多かったように思います。しかし、植物からすれば、屋上は生育環境としては過酷です。日射量が多いですし、風が非常に強い。実はこれは環境条件としては海岸に近い環境なんですね。海岸にも多様な植物は生えていて、そこには生態系もあります。そこで、海岸にある生態系を中学校の屋上に創ってみることにしたのです。

ここでは、人工軽量土壌という無機質系の軽い土壌を使うことにしました。これまでの自然環境に近い有機物が混ざった土だと、屋上ではどんどん劣化していき、水はけも悪くなって植物にとってよくありません。それに比べると、無機質系の土壌は排水と保水の両方の能力を兼ねることができ、軽量なので建物にも負荷がかかりにくいのが特徴です。昨年1年間、植物への水の供給は雨水だけで様子を見ましたが、今のところはうまくいきそうです。

この緑地は全面を植物で覆うのではなく、半分程度を砂利にしました。砂利敷きの場所に、砂浜で巣を作る習性のある野鳥が訪れたあとが確認できたり、植えた植物の花にミツバチなどが集まり、昆虫を食べに来る野鳥も集まってきたりするなど、ちょっとした生態系ができつつあります。

―この屋上緑化では板のようなものがはめ込まれていますが、これは何でしょうか。

この板は、墨田キャンパスの1階にある、モデルショップという大きな工房から出た廃材で、風よけとして再利用しています。板が並べられている方向の先には、富士山とスカイツリーがあります。ふと板の並んだ先に目をやると、富士山が見えるとちょっとうれしいじゃないですか。この屋上緑化を通じて、自分たちの学び舎がとても気持ちのいい場所だと中学校の皆さんに知ってもらい、頻繁に屋上に足を運んでもらうことで風景や地域生態系への学びのきっかけになればと考えています。

雨どいを活用した立体的な緑化を目指す

―雨水利用についてはどのような取り組みをしているのでしょうか。

墨田区のほとんどは海抜0mより低い土地が広がっているため、降った雨水をすぐに地中に浸透させることが難しく、内水氾濫(大雨・豪雨の雨量が下水道、側溝、排水路の雨水処理容量を上回り、土地・建物や道路、地下道などが水浸しになる現象)のリスクが高いという課題がありました。街の中に雨水をためる路地尊(ろじそん)や天水尊(てんすいそん)も存在するのですが、これまではあまり積極的に雨水の利用が行われていないこともわかりました。さらに、墨田区は緑被率という緑地の平面的な面積の比率が23区の中でも非常に低く、10%程度しかありません。緑化を行いたくても平面的な緑地をこれから増やしていくことは難しいです。

路地尊:地下の雨水貯留タンクをポンプアップして植物の水やりなどに利用する
天水尊:主に屋根雨水を大きな桶に貯め、防火用水などとして活用する

そこで、各住宅に取り付けられている雨どいに直接取り付ける植物のプランターを活用してはどうかと考えました。すぐに地中に雨水を浸透させることができない環境を逆手に取って、雨どいで立体的な緑化を行えば、緑視率の上昇をもたらすような目に見える緑量を増やせる上に雨水も有効に利用できるかもしれません。もし実現したら風景が劇的に変わっていきそうです。

霜田研究室が協力して作成した雨どいプランターの事例
(NPO法人雨水市民の会 事務所前(墨田区向島5丁目))
建物の雨樋から枝分かれしたパイプを通じて木製の棚に導水される。となりに置いてある江戸時代につくられた鋳鉄製の水瓶とも繋がっており、雨水が循環するしくみ。棚の中には霜田研究室考案の、古布を結んでつくった小さいプランター「ふろしきプランター」が複数配置されている。植物は隣接する住宅地との隙間に生えていたシダ植物を移植したもの。

地域と密接につながったフィールドとしてのdri

―千葉大学デザイン・リサーチ・インスティテュート(dri)の魅力をお聞かせください。

driでは実社会とつながりながら専門的な研究ができることが魅力です。driのある墨田サテライトキャンパスは「街と一体となったキャンパスをつくる」という理念に基づいて、さまざまな空間が整備されています。また、同じ敷地内にiU(情報経営イノベーション専門職大学)があり、敷地内ではキャンパスコモンというパブリックスペースを共有しているので、すぐにほかの大学の学生と交流ができます。さらにそのキャンパスコモン自体が実証実験のフィールドとして使えますし、墨田区自体が私達にとってはひとつの壮大な研究フィールドにもなり得ます。これまでの大学と地域との関係よりも密接な墨田での時間は学生にとって貴重な経験になると思います。

都市空間の中で実証実験できるフィールドは自治体との連携が不可欠です。ランドスケープは時間による空間の変容がとても大事なので、それを観察していくためにも、墨田区で複数年度にわたって実験できる機会は非常に貴重だと思っています。もちろん、同じ自治体内でも隣接する都市公園の管理する部署がそれぞれ違うなどの行政的な問題に直面し、難しさを感じることはあります。しかし、私達の研究が緑地、ひいては地域全体を横につないでいくきっかけになればと考えています。

インタビュー / 執筆

今井 明子 / Akiko IMAI

サイエンスライター。気象予報士。京都大学農学部卒。2004年にライター活動を始める。得意分野は科学系(おもに医療、地球科学、生物)をはじめ、育児、教育、働き方など。専門の知識をもともと持っていない人にもわかりやすい文章になるよう、素朴な疑問を心に留め、それに答えていくような形を心掛けています。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

連載
デザインのチカラ

千葉大学墨田サテライトキャンパスに設置された、未来の生活をデザインする実践型デザイン研究拠点「デザイン・リサーチ・インスティテュート(dri)」を拠点に、さまざまな専門分野でデザイナーとして活躍する先生方の研究・活動を紹介する。

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