#CHIBADAIストーリー
園芸

人と植物の上手な“だまし合い“
~人・植物・環境のインラタラクティブな関係とは 千葉大学 大学院園芸学研究院 研究院長 松岡 延浩[ Nobuhiro Matsuoka ]

#SDGs#園芸・ランドスケープ
2022.08.10

目次

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国立大学で唯一の「園芸学部」。歴史あるその名からは想像もできない学びが日夜繰り広げられている。近年特に注目されているSDGs、持続可能な社会づくりへの大きな貢献が期待されている研究が数多く見られるのもこの学部の特徴である。先端技術を駆使し、ついに宇宙の扉を開くまでに発展した園芸学部のリアルな「今」を知ろうと、松岡学部長にじっくりお話をうかがった。

100年を超える歴史ある園芸学部

―「園芸学部といえば千葉大学」と結びつくほど印象的な学部名ですが、千葉と園芸は関係が深いのでしょうか。

千葉は三方を海に囲まれ、冬は暖かく夏涼しい温暖な気候です。コールドチェーンが発達していなかった時代でも、作物を新鮮なうちに大都市である東京へ届けられる地の利がありました。こうして、千葉では園芸や水産業が発達したのです。

同時に学問や技術開発などの分野も花開き、1909年には千葉県立園芸専門学校が創立されました。これが今の園芸学部の前身です。国立大学発足時も、伝統ある「園芸学部」の名称が引き継がれたのです。

*生産者から消費者まで低温で新鮮なまま届ける物流のしくみ

園芸学部と聞くと、花の研究を行っているイメージを持っている方が多いかもしれませんが、園芸とは野菜・果樹・花卉(かき:観賞用の植物)の3つの栽培を指します。広義にはランドスケープや環境保全なども含み、それら全てを研究対象としているのが千葉大学の強みです。ほかの大学では理工系・生物系・化学系と分かれていることが多いのですが、園芸学部ではそれらの壁がなく総合的に学べます。みなさんの想像をはるかに超える学びが詰まっていますよ。

園芸学部の庭園

園芸は「スマート農業」の時代へ

―今の園芸学部ではどのような学びや研究が行われているのでしょうか。

大きく分けて、園芸科学とランドスケープ学があります。

園芸学では①園芸植物の生産技術の開発(栽培・育種など)、②栽培環境(土壌、気象、微生物など)の解析、③生物資源の有効活用、④これらと関連する産業の経営とマーケティング・政策という4つの観点から研究しています。

このうち園芸は屋外の条件が変化する環境で作物を栽培する「露地園芸」と、屋内のコントロールされた環境で行われる「施設園芸」に分かれます。

露地園芸では、例えば冬でも柔らかいキャベツを作れるような栽培技術の開発だけでなく、消費者に求められる作物を新しく生み出す育種が行われています。今の野菜は苦みが抑えられ、とても甘くなりましたよね。これも育種のたまものです。

それに対し施設園芸は温室や植物工場に代表される、コントロールされた環境で作物を育てます。まずは植物が育つ最適環境を探し出し、その環境を人工的にコントロールできるシステムを組んでいきます。冬でも甘いトマトが食べられるだけでなく、クリーンな環境なので農薬を減らすことができるなどの利点もあります。

―いつかは全ての野菜が植物工場で栽培される時代が来るのでしょうか。

それはないと思います。なぜなら、今のところ植物工場で作った野菜はどうしてもコストが高くなるからです。毎日皆さんの食卓に上る野菜が1つ500円になったら大変ですよね。それらの野菜は今まで通り露地栽培や温室などの施設園芸に任せましょう。
反対に、育てるのが難しい薬用植物や、機能を高めたプレミアム野菜といった高付加価値の作物は植物工場の得意分野です。露地と施設、それぞれの特性を生かして需要を安定的に支えます。

最近では、ITやAIの技術を取り入れた「スマート農業」の研究が進んでいます。例えば、近赤外線を葉に当てると、含まれる水分量を推定できると分かりました。そのため、しおれるまで分からなかった水不足が事前に判断でき、最適なタイミングと水量を供給できるようになったのです。ロボットと連携すれば水やりも自動化が可能です。人手不足の解消とつらい作業からの解放を目指し、農業はロボットが活躍する時代に来ています。

ドローンやビッグデータも園芸と非常に相性の良いテクノロジーです。広い農場や園芸施設内を連続撮影して得られた画像をAIに判断させます。すると、倒れにくくしっかり育つ稲やおいしい実をつける果樹のパターンといった「望ましい個体」が見えてきます。
さらに、これまでは「望ましい個体」を見つけるのに、経験に基づいた長時間の観察が必要でしたが、AIの力を借りると苗や幼木の頃に見つけることができるため、園芸作物の育種の時間が短縮されます。これらはすでに共同研究先の農場で実証実験を行っています。

植物の力で社会貢献を

―もう一つのランドスケープ学とは、どのような分野なのでしょうか。

千葉大学のランドスケープ学では、美しい風景の創造をめざすデザインと緑地生態を研究するサイエンスの2つが融合しています。デザイン性だけでなく、植物のことを本当に理解できる専門技術者の育成を掲げています。
実際に樹木医などの専門資格を有する卒業生を多数輩出しています。また、品川セントラルガーデンやGINZA SIX GARDENなど、みなさんも一度は目にしたことのある有名なランドスケープを千葉大学の卒業生や教員がデザインしています。

また、人命に関わる分野は最優先課題と考えています。近年は未曾有の災害が毎年のように起こっていますが、防災にも植物が一役買っていることをご存じでしょうか。
東日本大震災では、海岸林があった地域(山武市蓮沼地区)とない地域(旭市飯岡地区)で、陸側の被害レベルに差が出ました。海岸林が津波のエネルギーを低減し、漂流物の住宅地への流入を防いでくれたのです。

被災された方々の心の復興面でも、植物は大きな役割を果たしました。津波で被害を受けた場所に花を植えるガーデニング活動を通して、景色だけでなく人の心にも少しずつ彩りが戻ってきたのです。植物が成長する様子を見て、明日を楽しみに思う気持ちに再び気づいたという声もありました。植物が持つ「癒やす力」は、ストレスの多い社会でさらに注目されるでしょう。

ランドスケープ学では、建築学、防災学、公共政策、医療・福祉学のあらゆる側面から植物にアプローチし、植物と人とのより良い関係を追求します。

宇宙開発でも欠かせない園芸の知見

(C)JAXA

―宇宙にも研究の場を広げられたそうですね!

宇宙旅行がいよいよ身近な存在になってきた今、避けて通れないのが食の問題です。加工食品ばかりでは滞在がつらくなるので、新鮮でおいしい食事は大きな楽しみでしょう。かといって全ての食料を地球から届けていては、新鮮さが損なわれ、届かないリスクも考えられます。

そこで、園芸学部ではJAXAと共同で国際宇宙ステーション(ISS)や月面での農業の可能性を探索しています。すでにISSにおける実証実験で、レタスの種子の入ったビニールパックをロケットで打ち上げ、宇宙ステーションで水を与えるという、世界初のレタスの袋栽培に成功しました。個別パックなので必要な量だけを発芽させ、そのまま出荷が可能です。カビ等が発生しても被害が外に広がりません。

「宇宙で農業」と聞くと、夢やロマンの印象が強いかと思います。しかし宇宙園芸の研究は、地球での農業の技術発展にも大きく貢献します。その1つがゼロエミッションです。宇宙環境は完全な閉鎖系システムで、廃棄物を出せません。また、あらゆる資源は限りがあるため極限までリサイクルすることが必須条件です。これらは持続可能な循環型社会を作るために欠かせない技術です。つまり、宇宙園芸は突飛(とっぴ)な夢を追い求めた科学ではなく、現代の社会が抱える問題の解決につながる地に足のついた研究なのです。

園芸学部がめざす未来

―人と植物は、これからどのような関係になっているのでしょうか。

人と植物は昔から「上手にだまし合う」関係なのではないかな、と私はずっと考えています。園芸は、人が整えた環境に植物がだまされて、よりおいしく、より早く成長します。ランドスケープは、植物が人間の感覚を良い具合にだまして、心地よさを感じさせてくれます。この「人―植物―環境」のインタラクティブな関係はこの先もずっと続くでしょう。

さらにAIやITが発展して、オンデマンド化に対応していくと面白いですね。例えば「3日後に完熟のトマトを5個」とパネルに入力すると、その通りにトマトが実る家庭内植物工場とか、ボタン1つで生花や観葉植物の種類がパッと変わるインテリアなど、バーチャルが現実になるかもしれません。これから学ぶ若い方のアイデアに大きく期待しています。

一方で、コロナ禍での在宅勤務をきっかけに、部屋に花を飾る人が増えたというデータがあります。ベランダ菜園を楽しむ人も増えました。植物は人の心を晴れやかにする原始的な力を持っています。園芸学部は、植物の持つ可能性をあらゆる方面から引き出せる、そのような学びの場であり続けたいと考えています。

(安藤 鞠)

「実は花が大好きで、この世界に入りました」

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