創薬からドローン・宇宙まで〜バイオ研究最前線 #6

宇宙での「地産地消」を目指して〜
新鮮な野菜を宇宙で育てられる未来へ 千葉大学 大学院園芸学研究院 教授 後藤 英司[ Eiji Goto ]

#宇宙#園芸・ランドスケープ
2022.07.25

目次

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オデッセイという映画をご存じだろうか。火星にひとり取り残された主人公が、限られた資材を駆使してジャガイモを栽培し生き延びるSFサバイバルだ。「宇宙での食料生産」この世界を実現させる立役者こそ、今回インタビューする千葉大学の後藤英司教授に他ならない。他分野とのコラボレーションで可能性を広げ続け、ついに宇宙まで到達した研究の今を伺った。

植物に最適な環境を探し続けて40年

―まずは、先生のご専門である「環境調節工学」について教えてください。

簡単に言うと、植物が一番育ちやすい環境を整えてあげる学問です。植物は同じ時期に種をまいても、育つスピードや実の大きさに差が出ますよね。それは、根の周りに存在する水や栄養素、光の当たり具合などが微妙に異なるからです。

―種の品質の問題かと思っていました。

日本で販売されている種の質はかなり良いのですよ。それよりも周囲の環境によるところが大きいのです。そこで質のそろった野菜が収穫できるように、全て同じスピードで生育する条件を探索し、パーフェクトな環境で植物を育てます。

―パーフェクトな環境ですか。自然の対極ですね。

完全に管理された環境で、均一な質の野菜を育てることから「植物工場」と呼ばれています。「そんな不健康な野菜を育ててどうするんだ」と研究を始めた40年前の学生時代から言われたものです。しかし、最適化された生育条件では、自然環境より栄養価に富んだ野菜を育てることも可能になるケースもあるのです。

そもそも私たちは従来の農業を否定する立場ではありません。質のそろった機能性の高い野菜へのニーズ、農業従事者の減少、さらには食料危機といった自然農業の課題を解決する栽培技術を探求しています。

―植物工場は自然農業の苦手を補う立場なのですね。植物工場の優れた点について、さらに詳しく知りたいです。

大きく分けて7点あります。

  • 気候に左右されず育つスピードが均一なので、安定した収穫が見込める
  • IT技術とAIが管理するため、スキルがなくても農業に参入できる
  • 収穫作業はロボットが行うため、重労働から解放される
  • 何段にも重ねて栽培できるので、土地利用の効率がよい
  • 病原菌や害虫がいないので、農薬が不要
  • 閉鎖環境なので、水などの資源を循環利用できる
  • LEDによる、省エネルギー環境かつ太陽光とは異なる色の光で栽培が可能

―LEDの光で育てると、太陽の光で育てた野菜と何か変わるのですか?

ご存じの通り、LEDは光の色を自由に変えられます。赤色の光で育てると柔らかく口当たりの良い野菜が、青色で育てると機能性成分であるポリフェノールなどを多く含む野菜が育つ傾向が分かっています。目的に応じて育て分けができるのです。

異分野交流で広がる世界

―先生はいろいろな研究分野と連携されていますね。

35歳を過ぎて「自分の研究が軌道に乗りそうだ」と手応えを感じ始めました。同時にこの技術を独り占めするのではなく、他の人と一緒に何かやった方がもっとおもしろいんじゃないかと感じて、積極的に異分野交流するようになりました。

―連携という視点から、国立大学で唯一の「園芸学部」で研究する面白さについて教えてください。

今までの研究対象は野菜か観賞用の花でしたが、千葉大学に移ってから見たこともないような薬用植物にたくさん出会えました。
薬用植物は限られた地域にしか生息していないものも多く、それが研究スピードを遅らせたり、薬の高騰を招いたりといった要因になっていました。そこで私の出番です。その植物が植物工場でも安定して育つ環境条件を探索し、研究の推進を支えます。

―ここでもキーワード「環境」が登場しましたね。

動かない植物にとって、環境の影響は非常に大きいのです。まずは気温、降水量、日照時間、土壌の質など、その植物が普段どんな環境で育つのかをリサーチします。幸いなことに現代はWeb上のデータベースで大体の環境条件は入手できるようになりました。

それでも最後は、私のこれまでの勘で条件を整えてから研究室で育ててみます。これまでに千葉大学薬学部の斉藤和季前教授(現理化学研究所 環境資源科学研究センター長)と山崎真巳先生のグループと共同で、世界的に需要が高まっている抗がん剤の原料として重要なチャボイナモリが安定して生育できる条件を見出しました。

―生育環境の決定には、長年の経験による勘も重要なのですね。

植物にとって最適な環境条件は生育段階で刻々と変わるため、考えなければいけない条件がとにかく多いのです。よく「先生の直感をデータベース化できないか」と言われるのですけれど、自分でもはっきり把握できてないので実現はもう少し先になりそうです。
植物工場は最先端の技術ですが、このあたりには昔ながらの農業の感覚が残っていますね。

―さらに「飲む」ワクチンの開発までコラボレーションされました。

はい、千葉大学未来医療教育研究機構の清野宏特任教授と共同で、コメ型経口ワクチン「ムコライス」の完全閉鎖型の水耕栽培システムも開発しました。
ワクチンといえば、従来は主に注射で腕に接種しますね。ムコライスはコメを粉末にし、それを水に溶かして飲むだけです。針を刺す痛みから解放されますし、医療従事者の負担も減ります。粉末なので輸送や保管のコスト・手間も従来のガラス瓶(アンプル)に比べたらずっと楽になります。

この水耕栽培システムがあれば世界中どこでもワクチンが製造できます。コロナ禍で起きた、国家間でのワクチン供給の不均衡も改善されるでしょう。このように、自分の研究が世界の人々のためにどんどん応用されるのはうれしいものです。

宇宙園芸―スペース・アグリー技術の開発

―「園芸」「農業」のイメージを軽やかに越える後藤先生ですが、ついに宇宙へ進出されたのですね。

今、私が担当している最も新しいプロジェクトが宇宙での植物生産です。月面や国際宇宙ステーション(ISS)での植物工場の開発や、植物が宇宙でどのように育つかを調べています。
NASA、JAXA、それにSpaceXなどによる宇宙輸送の技術開発が進み、宇宙への長期滞在がより現実味を帯びてきました。その先にあるのが食料の調達問題です。

―宇宙滞在では宇宙食に飽きてしまい、食欲低下や栄養状態の悪化などが問題になっているようですね。

宇宙食はいろいろと工夫を凝らされていますが、やはり長期滞在となると生鮮食品が恋しくなります。何らかの理由で食料が底をつく緊急事態も想定しないといけません。
そこでJAXAと共同で、宇宙で安定して作物を生産するための調査研究を2017年からスタートしました。また、企業・他大学とも一緒に世界初となる宇宙での袋栽培レタスの実証実験を、国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」で実施しました。

密閉した小さな袋の中には、滅菌したレタスの種が不織布に包まれた状態で入っています。レタスが必要になったら、不織布に培養液を含ませて発芽させ、適切な光を当てて育てます。

―コンパクトな発芽キットのようですね。

大がかりな栽培システムは不要で、メンテナンスが簡易な点が最大のポイントです。密閉された空間で栽培するため、水やCO2ガスなどの資源を循環して利用でき、臭気は発生しません。ウイルスフリーの環境なので農薬も不要ですし、万が一カビなどの汚染が起こっても個別パックされているので、被害を最小限に抑えられます。

<プレスリリース>
国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟で 世界初となる袋型培養槽技術による栽培実験を実施

―宇宙で植物を育てる難しさはあるのでしょうか。

重力が植物の生育に一番影響を与えます。ISSではごくわずかな重力(微小重力)しかありません。重力がないと空気の対流が起こらず、植物自身の温度が上昇して生育を妨げます。また、空気の対流がないと植物から水分が蒸発しにくく、根から水を吸い上げる力も弱くなります。空気の流れをより上手に作るのが今後の課題です。

―宇宙で育った野菜、味や栄養はいかがですか。

最終分析はまだこれからですが、見た目や味は同じです。無重力下で育ったからといって、普通では見られないような成分が増えたということもなさそうです。さらに装置を改良して野菜の種類を増やして実験する予定です。

月に新しい生態系を創造する

(C)JAXA

食料の生産だけでなく、廃棄物のリサイクルやゼロエミッションなど、循環型の宇宙社会の実現へ向けた研究も同時に進めています。私がサブリーダーを務める、もう一つの宇宙プロジェクトの舞台・月面は重力が地球の1/6で、放射線が降り注ぎます。今までは考えたこともないような研究開発が必要になるでしょう。
先ほど、国際高等研究基幹の研究支援プログラムに採択されました。この機会を生かして他分野の先生方とコラボレーションし、新しい生態系を創りだす気持ちで月面農場プロジェクトを力強く進めます。

(安藤 鞠)

連載
創薬からドローン・宇宙まで〜バイオ研究最前線

SDGsの達成とQOL向上に必要不可欠なバイオテクノロジーの推進。バイオテクノロジーとライフサイエンス分野のトップリーダーたちが挑むユニークな研究とは?

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