デザインのチカラ #1

「まちと一体化したキャンパス」千葉大学dri (前編) ~建物全体を“デザイン実験空間”に 千葉大学 デザイン・リサーチ・インスティテュート 教授 / センター長 植田 憲[ Akira UEDA ]

#dri#デザイン
2023.06.26

目次

この記事をシェア

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • LINEでシェアする
  • はてなブックマークでシェアする

2021年の春に始動した、千葉大学のデザイン教育・研究組織「デザイン・リサーチ・インスティテュート(dri)」は、千葉県内にある西千葉・亥鼻(いのはな)・松戸・柏の葉のいずれのキャンパスでもなく、同時にオープンした「墨田サテライトキャンパス」を拠点としている。ものづくりのまちとして知られる墨田区と千葉大学のデザイン研究分野が連携する意義について、driのインスティテュート長である植田憲教授に語っていただいた。

街とキャンパスを区切らない、新たな大学の形

――街と大学の敷地を区切る塀や垣根がないことに驚きました

墨田区と千葉大学は「まちと一体となったキャンパス」を目指してこのキャンパスを共同で作り上げてきました。この5階建ての建物はもともとすみだ中小企業センターとして長く使われてきた建物なのですが、公共建築物としての性格を引き継いで、屋外敷地だけでなく建物の1階と2階も地域の方々の自由な出入りを促すように作られているのです。

――3階以上がdriの活動拠点ということですね。

そうです。ただ1階と2階もワークショップや展示など、地域の方とdriの教職員・学生が共同で活動する場として作られています。

意外なことに墨田区にはこれまで大学がなく、「大学のあるまちづくり」を掲げて千葉大学を誘致されました。千葉大学としては、先端技術の工場から伝統技術をもった職人さんまで、ものづくりに携わる方の多い墨田区でデザインの教育・研究拠点を持てる。幸運にも、双方に必然性のある組み合わせになりました。

実物大の一戸建てが作れる巨大アトリエ

この建物を墨田サテライトキャンパスとして使わせていただくにあたっては、建物の骨組みや1階エントランスの意匠など、すみだ中小企業センターのレガシーを最大限に生かしながら、内部の大改修が行われました。

――何階分かと見上げるほど高い天井をもつ巨大アトリエが印象的です。

実は、このアトリエはもともと建物内にあった大きな体育館を生かして作った大空間なのです。つまり、これもレガシーの一つですね。

なぜこれほどの大空間のアトリエを作ったかというと、墨田サテライトキャンパスでは「生活のすべてをシミュレート」するデザインの拠点を目指しているからなんです。たとえば、アトリエの中に実物大の二階建て住宅をまるごと作り、実証実験を行うこともできます。家の外から二階の高さの視点を確保できる、可動式の高床フロアも備えています。

最新機材から欄間つきの和室まで“本物”から学べる環境を

――巨大な木材加工機や3Dプリンター、レーザーカッターや塗装の設備などが整った「モデルショップ」は、学生さんも使えるのですか?

もちろんです。デザインは机上で考えているだけではだめで、手を動かして、プロトタイピングを重ねることが欠かせません。driの教員のもとで、実習授業としてさまざまな機器の使い方を学べる体制をとっています。

――そのためには千葉大学工学部でデザインを専攻する必要がありますか?

墨田サテライトキャンパスでは、デザインコースの授業だけではなく、コースを超えて履修できる授業も開講されています。授業を履修していなくても、学生証を持っていれば誰でも墨田サテライトキャンパスに入れるので、デスクやwifiを自由に使うことができます。また、モデルショップは今後共同研究を通じて地域企業の方に利用していただくことも想定しています。

――どのフロアも間仕切りの壁が少なく、使う人が自由にスペースを区切って使えるようになっていることと、どのように使ってもいいスペースが多いことに目を引かれました。

プロジェクトベースの授業が多いので、あるときはソファにゆったり座って議論したり、あるときは広いデスクを囲んで作業したり、あるときはみんなでホワイトボードに自由に書きこみながら検討したりと、そのときどきで色々な使い方ができるようにつくられています。

とくに、5階の広々したコモンスタジオでは自由にスペースを区切ってチームで活動しやすいように、driとオフィス家具メーカーの株式会社イトーキさんが共同で開発した可動式のパーテーションを多数備えています。このフロアはもちろん、建物全体がデザインの実証実験空間なのです。

――立派な欄間のある和室に海外からの留学生が座ってPCに向かっていたり、いわゆるデザイナーズ家具と言われるようなソファが置かれているのも、独特の雰囲気をかもしだしていますね。

和室はもともとこの建物にあったものを残しています。欄間彫刻は日本の伝統技術でもありますし、デザインを学ぶ学生が「本物」に触れるいい機会になると考えています。ソファや机にもこだわっているのは、デザインを学ぶ学生には若いときから本物に触れてほしいからです。

いまは大量生産の家具が比較的手頃な価格で手に入ります。生活する上でより気軽に家具を楽しめるという点ではよいのですが、デザインを学ぶ人間として、技術者・職人が作成した「本物」を知ることも必要です。ここに来ればデザイナーの本気が詰まった「本物」を日常的に使い、気になったら家具をひっくり返して、底や脚にこらされた工夫まで学ぶこともできる。そういう経験をしてほしいのです。

デザイン研究に「現場」は不可欠

デザインは、室内で考えたり作ったりしているだけでは社会に結びつきません。人々が生活する場、すなわち「現場(フィールド)」に出ていって、自らの五感を駆使して暮らしをつぶさに体験・観察することで、地元の人が特別なものだと思っていないようなその土地ならではの生活の工夫や伝統技術に気づいたり、その土地の人が困っていることや埋没してしまっている財産に気づいたりするところから、デザインは始まるのです。

その意味からも、デザイン教育と研究に携わる我々が墨田区というフィールドを新たに得られたことはとてもありがたいことで、我々の「デザインの持つ力」を墨田区に還元したいと思っています。

――これまでにそのような実例はありますか?

墨田サテライトキャンパスのオープンは2021年春で、コロナ禍のまっただ中でした。1階と2階はコモンスペースとして作られましたが、残念ながら、地元の方々との交流どころではありませんでした。

そこで、コモンスペースを新型コロナワクチンの集団接種会場として提供し、driは墨田区と共同して、複雑な動線や段取りが誰でも直感的にわかるようなサインシステムを作ったのです。実施時には学生も誘導役のボランティアとして参加しました。

これは予想以上に大きな反響とご好評をいただき、後にグッドデザイン賞の「ベスト100」 に選出されました。また、世界三大デザイン賞の一つでもあるドイツの「レッド・ドット・デザイン賞」 にも選ばれています。

――デザインの力が「集団接種の円滑な運営は難しい」という社会の困りごとに生かされた見事な例ですね。墨田区との連携について、今後、期待していることはありますか?

墨田区はものづくりにおいても観光産業においてもさまざまなポテンシャルをもった地域です。「“金へん”と“糸へん”の街」とも言われるように、金属・機械産業だけでなく繊維産業の存在感も大きい。ファッションは素材開発なども含めてデザインと密接に関係する領域ですので、墨田区のファッション産業の方々と共同プロジェクトができればと期待しています。

もちろん、ファッション分野だけではありません。墨田区の色々な領域とdriのデザイン研究がつながることで新たな展開が生まれるように、地域との連携を積極的に模索していきたいと考えています。

(後半に続く)

インタビュー / 執筆

江口 絵理 / Eri EGUCHI

出版社で百科事典と書籍の編集に従事した後、2005年よりフリーランスのライターに。
人物インタビューなどの取材記事や、動物・自然に関する児童書を執筆。得意分野は研究者紹介記事。
科学が苦手だった文系出身というバックグラウンドを足がかりとして、サイエンスに縁遠い一般の方も興味を持って読めるような、科学の営みの面白さや研究者の人間的な魅力がにじみ出る記事を目指しています。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

連載
デザインのチカラ

千葉大学墨田サテライトキャンパスに設置された、未来の生活をデザインする実践型デザイン研究拠点「デザイン・リサーチ・インスティテュート(dri)」を拠点に、さまざまな専門分野でデザイナーとして活躍する先生方の研究・活動を紹介する。

次に読むのにおすすめの記事

このページのトップへ戻ります