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「月に住み、火星で暮らす」〜宇宙での食料生産・供給を目指す宇宙園芸研究センター 千葉大学 大学院園芸学研究院 特任教授 / 宇宙園芸研究センター長 髙橋 秀幸[ Hideyuki TAKAHASHI ]

#宇宙#バイオ研究
2023.07.10

目次

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千葉大学は、学際的先端研究及び価値を創造するイノベーション研究の拠点として、2022年に国際高等研究基幹(Institute for Advanced Academic Research: IAAR)を設置。2023年度からは、学内研究者の取り組む最新研究を紹介し、学びを深める「IAARセミナー」をスタートした。
20234月に行われた第一回セミナーでは、園芸学研究院附属 宇宙園芸研究センターの髙橋秀幸センター長による講演「重力宇宙生物学と宇宙居住科学―宇宙園芸研究による食料生産システムの構築―」が行われた。

ウリ科植物の花の性分化制御や、植物の環境応答・成長制御の仕組みに関する研究に取り組む髙橋センター長。宇宙環境利用研究において、スペースシャトル並びに国際宇宙ステーションで宇宙実験を実施し、植物の重力形態形成や根の水分屈性のメカニズムを解明した。これまでに宇宙生物学・宇宙惑星居住科学に深くかかわってきた経験を生かし、今後の人類の深宇宙有人探査や宇宙居住の礎となる宇宙・月面における食料生産システムの基盤研究を目指す試みを展開している。

植物は重力を感じて成長する

植物の種を土に植えると、茎は上に、根は下に向かって伸びていきます。これは重力屈性と呼ばれている植物の成長運動です(図1左)。植物の成長ホルモンのひとつに、「オーキシン」と呼ばれるものがありますが、これはPINタンパク質と呼ばれるオーキシンを排出する輸送体によって運ばれます。根の根端に存在する細胞が重力を感知すると、何種類かあるPINタンパク質の中でもPIN3と呼ばれるものが、重力感受細胞の下側の原形質膜に存在するようになり、オーキシンが横になった根端の下側に輸送され、それがさらにPIN2によって根の伸長する部分の下側に運ばれます。すると根の下側ではこのオーキシンの濃度が高くなり、細胞が伸びようとする働きが抑制されて、上のほうが下よりもたくさん伸びるようになります。だから根が重力の方向(下側)に向かって伸びていくのです。オーキシンは茎でも重力を感知して下側に運ばれますが、茎の場合は、オーキシンの濃度が高くなった下側でたくさん伸びるようになって、重力の反対方向(上側)に向かって伸びます。(図1右) 
この基礎知識をもとに、3つの研究を実施しました。 

図1
左:重力屈性により、茎が上に伸び、根が下に伸びる。 右:細胞が重力を感知したあとに、PINタンパク質によって成長ホルモンの一種である「オーキシン」が根の下側、茎の下側に輸送される。その結果、伸長のためのオーキシンの最適濃度が茎と根で異なるために、根は重力方向に伸長し、茎は重力と反対方向に伸長する。 

宇宙での仮説検証をスタート:重力のほとんどない環境で植物はどう成長するのか?

−研究1:キュウリのペグは重力を感知できる?

キュウリの種が発芽すると、胚軸と根の境目の下側に「突起(ペグ)」を形成します(図2下段左)。すると、そのペグが種皮の下側を押さえ込みながら胚軸が上に伸びることによって、芽は種皮から抜けて土から出てきます。

このペグの形成も重力を感知して行われているのではないかと考え、重力のほとんどない宇宙(微小重力下)でキュウリを発芽させる実験を行うことにしました。1998年に宇宙飛行士の向井千秋さんが乗ったスペースシャトル・ディスカバリー号内で発芽実験を行ったところ、微小重力下ではペグが胚軸と根の境目の両側にできたのです(図2 下段右)。つまり、本来ペグには上にも下にもできる能力があるけれど、地上では重力を感知して上のペグの形成が抑制されているということがこの実験で分かったのです。

次にキュウリのペグ形成に関わるPINタンパク質のCsPIN1が、微小重力下でどうなるのかを調べるため、2011年から複数回、国際宇宙ステーションで実験をしました。すると、微小な重力の環境ではCsPIN1は重力を感知する細胞に偏って分布しないけれど、宇宙ステーション内にある人工重力をかけられる装置の中ではきれいに下側の原形質膜に分布することがわかりました。このことにより、重力感受細胞が重力を感知するとオーキシンを上から下へと運ぶルートができ、その結果ペグ形成はオーキシン濃度が低くなる上側で抑制され、下側にひとつのペグができることがはっきりしたのです。

図2
上2段:キュウリの種が横になって発芽すると、胚軸と根の境目の下側にペグ(赤矢尻)ができて、それで種皮を押さえながら胚軸が上に、根が下に伸びる。左下(地上対照区):1個のペグができて種皮を押さえ、胚軸が伸びて、芽生えが種皮から抜け出している。右下(宇宙微小重力区):ペグが胚軸と根の境目の両側に1個ずつできて、芽生えは種皮をかぶったままになる。G(矢印)は、重力方向を示す。(Takahashi et al., Planta 2000; Watanabe et al., Plant Physiology 2012)

−研究2:キュウリの根は水分屈性より重力屈性が強い?

1998年に宇宙の微小重力下で行ったキュウリの芽生えの実験では、根が水を含んだスポンジの方向に、バンザイをしたような形で伸びることも観察されました。これによって、根には水を求めて伸びる水分屈性があることが推測されました。そこで、「地上のように重力のある環境では、根は水分屈性よりも重力屈性を優先して発現するのではないか」という仮説を立てました。2010年から複数回にわたって宇宙ステーションで検証したところ、やはり微小な重力環境下では水分屈性がはっきりと現れたのに対し、人工重力の環境では重力屈性が水分屈性に勝るという結果が出ました(図3)。

図3
上段:キュウリの種を水分勾配の存在下で発芽させると、宇宙の微小重力下では、根は水分屈性を発現して高水分側(水を十分に含んだスポンジ側)に伸びる。下段:宇宙の人工重力 (1G) 下では、根は重力屈性を発現して(重力方向に伸びて)、水分屈性を覆い隠してしまう。白矢印は重力方向を示す。(Morohashi et al., New Phytologist 2017)

−研究3:アサガオのつるが上に向かって旋回しながら伸びるのは重力の影響を受けているから?

一般的によく見られるアサガオはつる性植物で、つるが柵などの安定したものを見つけて絡まり、上に向かって伸びていきます。そのとき、野生種のアサガオはつるの先端を旋回させながら巻き付けていく、回旋転頭運動をします。しかし、シダレアサガオという品種では野生種と違ってつるが立ち上がらないし、回旋転頭運動もみられません。これは、シダレアサガオが突然変異によって重力感受細胞を作れないから、ということがわかりました。

そこで、回旋転頭運動には本当に重力が関わっているかどうかを調べるため、2015年に宇宙ステーションでイネの芽生えを使って検証してみました。するとやはり、宇宙ステーションの微小重力下では回旋転頭運動が著しく低下したのです。つまり、植物の回旋転頭運動には重力が影響していることが明らかになりました。

図4
イネ芽生えの回旋転頭運動を解析するための宇宙実験 (Plant Rotation)
ISSの‘きぼう’実験棟で、JAXAの植物実験ユニット内にセットしたイネ種子に2015年7月28日に給水し7月30日に撮影開始。15分間隔で10秒間の動画を撮影した。 (Kobayashi et al., Physiologia Plantarum 2019
左上:微小な重力環境で育った苗。根が培地から飛び出ており、地上部も伸びる方向が定まらない。左下:矢印(g)の方向に人工的な重力を負荷した苗。根は培地の中に伸びて見えていないが、正常品種(左側6個体)の地上部は重力と反対方向に揃って伸びる。一方、右側の重力感受性の小さい突然変異体は、重力方向からわずかにずれて伸びる。右:S/N301(写真左上) の給水9日目のイネ苗(2015年8月6日撮影)

これまでの宇宙環境を利用した研究結果から、宇宙空間は植物の機能を調べる実験室として非常に有用といえます。

月や火星で食料を生産するために

現在、NASAが中心となって進めている月面探査プログラムの「アルテミス計画」があります。このアルテミス計画では、2025年以降に月面に人類を送り出し、将来的には居住できるようにすることが計画されています。

計画の一環として、月の周回軌道上に深宇宙探査ゲートウェイ(DSG)とよばれる宇宙ステーションを新たに設置し、月面活動や火星などの深宇宙探査の拠点にする動きがあります。DSGは国際宇宙ステーションよりも地球から遠い場所にあるため、重力だけでなく、磁場や宇宙放射線などの生物への影響は変わってくると考えられます。そこで、DSGでは人体を始め動植物への影響はどうなるのか、今まで以上に長期で宇宙に滞在したらどうなるかを調べていく必要があります。

−アルテミス計画の課題と「宇宙園芸学」の可能性

月面で生活していくには、食料供給、特に新鮮な野菜をどう確保するかも重要な課題です。NASAは1960年代に始めた藻類の培養を手始めとして、宇宙空間で栽培できる作物・野菜を徐々に増やしてきました。現在、国際宇宙ステーションで栽培試験が行われていますが、これまでは宇宙飛行士の手でほとんどの栽培作業が行われてきました。今後は、オートメーション化できるような開発も進められています。さらに、ヨーロッパでは宇宙環境に似た環境を地球上につくり、すぐに宇宙に応用できそうな技術の開発に取り組んでいます。たとえば南極に設置した植物栽培装置で極限環境での植物の栽培技術を検証することや、超ミニマムな閉鎖系循環型生命維持システムの開発を進めています。

さまざまな作物で宇宙環境の影響を調べ、今後宇宙でも育つ新品種を作り出したり、宇宙での効率的な栽培技術、物質循環型システム技術、特に廃棄物の排出をゼロにするゼロエミッション型食料生産システムを開発できたりすれば、将来人類が月や火星に移住することへのハードルも低くなります。このような研究分野は『宇宙園芸学』として確立されていくのではないでしょうか。

千葉大学園芸学研究院附属宇宙園芸研究センターの取り組み

日本もこのアルテミス計画に参加しています。千葉大学も国立大学で唯一園芸学部がある大学として、宇宙園芸学の拠点である宇宙園芸研究センターを2023年1月に設立し、私を含めた研究者が組織的な研究活動をはじめました。同センターは、「月・火星を想定した宇宙食料生産システムの基盤構築」を大目標にしています。

そのため、センターには「宇宙園芸育種研究部門」「高効率生産技術研究部門」「ゼロエミッション技術研究部門」の3つの部門があります。宇宙園芸育種研究部門では、宇宙という特殊環境が植物に及ぼす影響を理解して、宇宙でも育つ高機能性植物の品種を探索・開発することを目指しています。高効率生産技術研究部門は、宇宙のような低重力・低圧の環境下で植物を効率よく生産する技術の開発を行っています。ここでは環境制御だけではなく、リモート操作やロボットによる栽培の技術開発も進めています。さらにゼロエミッション技術研究部門では、食べ残しのリサイクルなど資源循環システムの開発を行い、完全循環型の食料生産システムにすることを考えています。

これらの研究を通して、宇宙と地球におけるQOL(生活の質)の向上と、そのための人材育成に貢献していきます。

今後、宇宙環境を想定した地上研究はもちろんですが、サイエンスと技術開発の両面から宇宙での食料生産システムにつながるようなアイデアを宇宙実験で検証していくことも必要です。千葉大学での部局横断的な共同研究体制により、これまで宇宙に関わってこなかった方も含め、幅広いジャンルの方々とディスカッションすることで、新たな切り口が見えてくると期待しています。

インタビュー / 執筆

今井 明子 / Akiko IMAI

サイエンスライター。気象予報士。京都大学農学部卒。2004年にライター活動を始める。得意分野は科学系(おもに医療、地球科学、生物)をはじめ、育児、教育、働き方など。専門の知識をもともと持っていない人にもわかりやすい文章になるよう、素朴な疑問を心に留め、それに答えていくような形を心掛けています。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

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