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「当たり前」の中にある地域の本質を掘り起こす~農村空間の持続にむけた地域再生の後方支援 千葉大学 大学院園芸学研究院 教授 齋藤 雪彦[ Yukihiko SAITO ]

2024.09.17

目次

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※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです

過疎化に向かう地域の再生を支援する園芸学研究院の齋藤雪彦教授は、地域計画学を専門としながら、地方創生のシティ・マネージャーを務めるなど地域づくりの実践者でもある。第三者でありながら地域の人々に信頼され再生を成功に導く鍵は、住民の声に耳をかたむけ、機が熟すまでじっくりと待つ心構えにあった。

荒廃した農地を調査し、地域づくりで持続的な交流へ

―先生が地域計画学に興味を持たれたきっかけは?

学生時代のサイクリング部が活動の原点です。自転車で旅をしていると、農村の美しい景色に目を奪われました。野宿の時には食事を差し入れてくださるなど、人の温かさに触れたことも印象深い思い出です。

修士号を取得後、東海旅客鉄道(JR東海)に就職しました。ローカル線沿線の開発を担当する意向でしたが、名古屋駅前のJRセントラルタワーズプロジェクトの配属となりました。その時に都会の大規模プロジェクトの一部分を担当するより、地方の空間づくりを個人ができる範囲で一貫して手がける方が向いていると実感し、今に至ります。

―なるほど、農村の美しさが研究を始めるきっかけになったのですね。最近は農地の荒廃が課題と聞きますが、具体的にどのような問題があるのでしょうか?

人口減少や高齢化に伴い空き家が増え、管理しきれない農地が増えてきました。特に土地条件の厳しい中山間地域で顕著に見て取れます。手入れされなくなった農地には雑草が生い茂り、病虫害などで近隣の農作物に悪影響を及ぼします。また、イノシシなどの隠れ場所となり獣害が広がる原因、さらには景観が悪化する原因にもなってしまいます。

――想像以上の悪影響に驚きました。農地の荒廃に対して、先生はどのような研究をしてきたのでしょうか

農村や都市の「空間」を研究しています。荒廃した農地の場所と大きさ、荒廃地の広がり方、やむを得ず荒廃させてしまう農家の方々が置かれた背景などの調査がベースです。同時に研究成果を活かしながら、地域づくりのお手伝いもしています。つまり、研究と地域づくりの実践が、私の活動の2本柱なのです。

―具体的な地域づくりのお手伝いについて教えてください

例えば大内宿(おおうちじゅく)*は、茅葺(かやぶき)屋根の町並みと農地が一体となった美しい歴史的景観で有名な観光地です。しかし、休耕地がだんだんと増えて景観に影を落とし、地元の方々も懸念されはじめました。

*福島県南会津にある江戸時代の宿場町。会津若松市と日光今市を結ぶ重要な道の宿場町として栄えた。現在は重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。

そこで荒廃農地を調査したのち、地元青年会と協働で農地を再生し景観を維持する「大内の風景を守りたい」プロジェクトを立ち上げました。住民とワークショップを重ねた結果、「荒廃農地の再生」そして「茅葺屋根の原料である茅(かや)を地域でまかないたい」という2つの希望が浮かび上がったのです。そのため、既存の茅場の雑草を刈るとともに、別の場所の荒廃農地を耕し茅の苗を植えました。

「大内の風景を守りたい」プロジェクト

本プロジェクトでは茅場の再生が、屋根の材料確保と農地景観の保全につながりました。一番の成果は、地元青年会の皆さんが学生との農作業や交流、話し合いを通じて、農地再生を足がかりに地域の未来を少しでも思い描き、希望を感じられたことだと考えています。民泊や茅刈り体験、茅場の迷路など、地域の内外での交流を進める事業への発展が現時点での将来像になります。

私の専門はもともと建築だったのですが、「農」を活用した地域づくりは千葉大学に来てから得たスタイルです。園芸学部という中で私の守備範囲も自然と広がりました。

復興支援の第一歩も住民の声を聞くことから

―岩手県大船渡市での復興支援にも携わられました。震災からの復興は一般的な地域再生とは手法が異なりますか?

私は、震災復興も基本的には平時の地域づくりと同じだと考えています。住民とともに話し合いを重ねながら、①地域の現状を分析し、②課題を見つけ、③課題解決への道筋を考えて、④実行します。

今回も同様に住民の意見をまとめ、課題を「高所移転」「防潮堤整備」「津波跡地活用」の3つに絞り、自治体へ要望書を出しました。津波跡地の活用については、周辺地域を含めた地元商店街の特性を生かすことにしました。そこで全国の商業再生の事例や国の制度などを紹介して、ようやく商店街再生の第一歩として朝市をやりましょうと案が固まったのです。

―朝市の実行までに1年以上も話し合われたそうですね。じっくりと地域再生に向かい合うのはなぜでしょう

「それは地域のためになるか」をいつも考えています。地域のありたい将来に向かって、住民の背中を押すのが私たちの役割です。リーダーとして一番前に立つのではなく、機が熟すのを後方から見守ります。なぜなら専門家が手を出し過ぎても住民のやる気が育たないからです。住民のお話を聞いていると、ポロッとこぼした言葉にヒントや本音が隠れています。先入観を持たずに、かつ耳を澄ませてしっかりと聞いた上での話し合いを心がけています。

津波跡地の活用案を住民自らやりたいと言ってもらうことが大切でした。確かに、行動力を発揮してイベントをおぜん立てする専門家もいます。それはすごく喜ばれる一方で、専門家が来なくなってしまうとそこで活動が終わってしまうことも珍しくはありません。
住民が地域の将来を考え、主体性を持ってイベントや事業を企画し、実行する。時間はかかるのですが、地域が変わるきっかけに立ち会える良い仕事だなと思います。

―復興支援で気づかれた課題はありますか?

日本の都市計画はインフラ整備を中心に進められており、被災地での復興も同様に道路や防潮堤、土地のかさ上げが優先的に進められました。しかし、被災者が本当に困っているのは住む家や仕事など生活そのものです。巨額の投資をして道路や防潮堤の建設を優先する復興事業は非常に矛盾を感じました。実際に、多くの地域では道路や防潮堤は立派になりましたが、震災後の人口の流出は解消されていません。

―大船渡市に続き、能登半島での復興支援にも参画されるそうですね

珠洲市の住民が大船渡市に復興の視察に行かれ、そこで私を紹介していただいたようです。大船渡での経験がお役に立つなら、と思い関わることにしました。2024年4月より建築学会の農村計画委員長に任命され、学会の司令塔としても復興に携わります。

地域の個性や風土をよく見極めて住民版の復興計画をともに考えていき、自治体の復興計画に反映してもらいたいと考えています。避難所に寝泊まりし、被災者の方と長時間の話し合いを始めました。結構体力勝負なんです。

美しい農村がこれからも持続するために

―先生の思われる、地域計画学に大切な姿勢について教えてください

「当たり前」の中に当たり前ではない本質を見つけること、具体的に考えて簡単な言葉で表現することが重要です。日常生活は一見すると当たり前なことばかりです。その中にある本質を見つけるために、地域で起きていることを具体的に考え、住民の立場から想像すること、これを自分の言葉で表現する必要性を学生には伝えています。

そうして地域再生の事例を積み重ねていくと、だんだん共通点が浮かんできます。あまり短絡的に一般化するのも良くないですし、逆に個々の事例で完結して普遍的な成果を見つけられない研究は役に立つ場面が限定されてしまいます。

―研究を通して見ているのは、どのような未来でしょうか

荒廃農地、人口減少、空き家など、さまざまな過疎地の課題に手を出していて節操がないように見えるかもしれませんが、大きな研究目的は農村空間の持続です。おいしい農作物が実り、人々の暮らしが末永く続く豊かな土地でありますように、という願いを込めて研究をしています。

● ● Off Topic ● ●

 

先生はサイクリング部の顧問も担当されているそうですね

 
 

はい、先日も学生さんと一緒に養老渓谷(千葉県夷隅郡)へ行ってきました。自転車は全くの趣味ですが、結果として仕事に必要な体力もつきますから、一石二鳥です。

 
 

おすすめのサイクリングコースを教えてください

 
 

無理なく楽しみたい方は霞ヶ浦、アップダウンを求める方なら奥多摩がおすすめです。研究とも共通していますが、都会からアクセスが悪いところにこそ、豊かな自然や昔ながらの風情が残っていますよ。

 

インタビュー / 執筆

安藤 鞠 / Mari ANDO

大阪大学大学院工学研究科卒(工学修士)。
約20年にわたり創薬シーズ探索から環境DNA調査、がんの疫学解析まで幅広く従事。その経験を生かして2018年よりライター活動スタート。得意分野はサイエンス&メディカル(特に生化学、環境、創薬分野)。ていねいな事前リサーチ、インタビュイーが安心して話せる雰囲気作り、そして専門的な内容を読者が読みやすい表現に「翻訳」することを大切にしています。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

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