#CHIBADAIストーリー
災害治療学

都市DXに不可欠なハブ拠点
~災害治療学研究所が果たす役割とは 千葉大学 大学院医学研究院 教授/災害治療学研究所 所長 三木 隆司[ Takashi Miki ]

2022.09.01

目次

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2021年10月、日本で類を見ない「災害治療学」の研究拠点が千葉大学に立ち上がった。災害発生直後の急性期医療(症状発生直後の容態が変わりやすい時期に対応する医療)に加え、慢性期(発症後時間が経ったものの、病気が治っていない時期)に重要となる健康維持にまで目を配り、地域社会を支援することがその目的だ。

研究所には医療関連領域だけではなく、最先端の技術を生み出す理工学や情報学、社会学など多様な学域が融合。

さらには、真菌医学研究センターや治療学人工知能(AI)研究センター、国立大学唯一の園芸学部など千葉大学がリードする研究を結集する。最先端の技術と知見から社会現象を総合的にとらえた「災害治療学」は、迫り来る大規模災害への備えの要となるに違いない。

災害治療学研究所を設立した経緯や趣旨について、所長の三木隆司教授にお話を伺った。

きっかけは台風と感染症

―災害治療学研究所が設立された背景を聞かせてください。

大きくは2つ、台風と感染症の拡大がきっかけです。

ひとつは、2019年9月に千葉県を襲った台風15号(房総半島台風)と翌10月の19号(東日本台風)でした。

特に15号の暴風は千葉県を直撃し、大きな被害を出しました。大規模な停電が長期にわたり、給水も止まって医療施設や高齢者施設などが大打撃を受けたのです。オペが回らない、呼吸や循環を支える装置が稼働できない、という状態でした。

さらに大規模な災害では避難生活も深刻で、長期化します。屋根瓦が飛び、ブルーシートを屋根代わりにしていた家屋では、雨漏りでカビが屋根や室内に発生し、深刻な健康被害が発生しました。精神的なダメージを受けた被災者も多くいます。

災害時の医療は発生直後の急性期の治療だけでなく、移行期のストレス障害やそれによる生活習慣病や、慢性期の免疫低下による真菌症や持病の悪化などの健康被害からも守らねばなりません。

こうした症状は災害という特殊な状況下で起きているにも関わらず、現在の災害医療は急性期に集中してしまっています。一方、移行期や慢性期に特徴的な病気の病態解析や治療法開発はほとんどされていません。平常時では問題にならないような疾患が予想外に悪化するケースも見られていながら、適切な災害時の治療の評価が行われていないのです。

急性期から慢性期までの治療を総合的に行う「災害治療学」の確立と、人材育成が急務だと痛感しました。これが設立の大きなきっかけといえます。

 

―そして台風の後、年明けから感染症対策が必要になったわけですね。

台風から半年もたたない2020年初頭から拡大した新型コロナウイルス感染症。これがふたつめのきっかけです。

ウイルスは目に見えない敵です。慢性期の健康被害に影響を与える細菌・カビも見えづらいものですが、新型ウイルスは予防策も対処法も確立していないため、被害が急激に拡大し、すべてが手探りです。何度も繰り返し感染の波がきて医療体制を圧迫します。その中で最良の一手を打たねばなりません。

―自然災害と感染症の総合的な災害治療学。災害大国日本の現状を考えると、待ったなしで求められる研究ですね。

首都圏直下型地震やスーパー台風など甚大な自然災害と、新型ウイルス感染症の拡大が一度にやってきたらどうなるか。単純に「1+1=2」ではおさまらないでしょう。

こうした脅威に対し、これまでの災害時の経験と最新の研究の知見を集め、あらゆる角度から人々の命と健康、生活の質を災害から守る「災害治療学」の観点が必要なのです。

医薬・理工・情報・社会学の粋を集めた研究拠点

―災害治療学研究所には16もの最先端の研究部門がありますね。

はじめは医学関連の部門で構想していたのですが、千葉大学には理工学や社会学、情報処理学などで災害を専門に研究している部門があります。こうした領域と連携することで提供できる医療、そして研究の幅も広がるため、ぜひ連携を図りたいと口説いて巻き込みました。

現在5つのクラスター、16部門を設け、それぞれの専門研究がこれまでの研究領域の垣根を大きく超えて融合し、共創する研究の場をつくっています。

―たとえば、理工学系とのコラボではどのような研究があるのでしょう。

ドローンにセンサーを搭載し、上空から得られたデータを解析する「リモートセンシング」により、エリアの被害状況を瞬時に解析して避難情報を提供する技術などがあります。数m単位で対象者の動きがわかるほどの高解像度での解析が可能なので、二次災害が懸念される危険な現場を巡回させて効果的に状況を確認し、搬送システムへ応用するなどの技術展開が期待できます。

このような遠隔操作やデータ解析技術を活用したAI医療は、急性期や慢性期にかけて強い味方になってくれるでしょう。

そのほか津波シェルターの研究や、原発事故に伴う放射線災害医療に関する研究もあります。放射線も「見えない災害」のひとつ。空調管理や徹底した隔離対策など、ウイルス対策と共通する点もあるのです。今後環境問題や戦争・紛争などの国際問題による核テロやエネルギー不足になった場合、避けて通れない課題といえるでしょう。

―そのほか、どのような学問とのコラボによる研究がありますか。

法や倫理の側面からまちづくりを研究する領域があります。被災地など現地を調査するフィールドワークで現場とつながって市民対話を支援したり、行政や地元団体と連携して強い地域をつくる支えになったりしています。

たとえば、災害時に想定される環境の変化による健康への影響を明らかにする研究では、化学物質の健康への影響をモニタリングする技術や、災害に強い居住環境や災害後に健康を守る環境を作るまちづくりについて、物理環境と社会環境の両方の視点で研究が進んでいます。

千葉大学内に作られた街のモデル

また、千葉大学の特徴である国立大学唯一の園芸学部ともコラボし、被災地の人たちの心の変化に触れながら、花と緑で被災地の復興を支援しています。

衣食住だけでなく心が満たされるものの重要性を、被災地の現場で行う実践活動を通じて証明しているのです。

災害治療学は都市DXの「ハブ」になる

―災害の前には理系も文系もないのですね。いろいろな研究がコラボする魅力を感じます。

研究所はまだ立ち上がったばかりです。これからも領域を広げ、ともに研究する仲間を増やしていきたい。実質的に動ける、自然科学技術を社会に実装できる人材も育てたいと体制を整えているところです。

―研究の共創が行政や企業との連携につながり、強い地域をつくるのですね。

岸田首相が2022年6月に打ち出した「デジタル田園都市国家構想基本方針」では、DX(デジタルトランスフォーメーション)を進めることにより、人口減少や過疎化、産業空洞化といった地方の社会課題を解決しようとしています。

どこでも、誰でも、生涯にわたって便利で快適に暮らせる社会を目指すため、地域にある大学を核とした産官学連携やオープンイノベーションを起こしていこうという流れができつつあるのです。

災害治療学の研究は、まさにその流れの真ん中にあります。自治体と企業が連携し、医療・健康・情報サービスが整備され、日常における地域の連携があるからこそ、災害が起きた時も、しなやかな強さをもった回復力(レジリエンス)をもつことができるのです。

災害治療学研究所は「災害」をテーマに多様な領域の研究者や自治体、企業、マスメディアなどとの結節点(ハブ)となっていきたいと考えています。知見の共有もさることながら、人的交流はとても大きな力を生み出して社会への影響をもたらすはずです。

まだ間に合う。あきらめないで備える力を見出そう

―これからの研究活動にあたって、特に注目している点を教えてください。

今は一緒に取り組んでくれる仲間、特に企業とのコラボを増やしたいと考えています。災害治療学研究所には最先端の研究が詰まっています。SDGs*やESG**に関連する領域で応用できるものなど、平常時のビジネスにも応用できる知見やアイデアのハブにもなっているのです。

*SDGs: “Sustainable Development Goals”の略。持続可能でより良い社会を目指すため、2015年の国連サミットで国連の加盟国が採択した17の目標。

**ESG: Environment(環境)Social(社会)Governance(ガバナンス)を組み合わせた言葉。2006年にコフィー・アナン国連事務総長(当時)が、民間企業が取り組むべき3つの視点として発表。

具体的な取り組み例:

環境地球温暖化対策、再生エネルギーの使用 など
社会:人権への対応、ダイバーシティ、地域貢献活動 など
ガバナンス:法令順守、情報開示 など

企業の方々にとっては「0か1か」の選択で、起きる頻度が高くない防災事業は後回しになりがちです。そういった中で災害治療学はビジネスに関係ない分野だと思われがちですが、日頃の社会生活で便利なものがいざというときにも役立つ「フェーズフリー」の観点で、知見や技術を応用させていくことがポイントとなるでしょう。

災害治療学研究所での共創で、普段の生活から強くしなやかになるための技術が数多く生まれるはず。まずはどんな研究がなされているのか気軽に問い合わせてみてください。ビジネスチャンスになるヒントがたくさんあります。

―最後にメッセージをお願いします。

日本は災害のデパートともいわれ、種類も多く頻度も高いため、あれもこれもと考えると思考停止になってしまいます。特に巨大災害に対しては、現実を見たくない心理が働きがちでしょう。

しかし、自分の健康を自分で守るための知恵をもつことは重要で、日常の幸せともつながってきます。日頃からの意識と構えは欠かせないのです。

今ならまだ間に合います。

あきらめないで、私たちと一緒に、この災害治療学研究所に知恵を持ち寄って、備える力をつけていきましょう。

(南部 優子)

 

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