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宇宙の3割を満たす謎の物質「ダークマター」とは?〜レンズの先にある宇宙を見る 千葉大学 先進科学センター 教授 大栗 真宗[ Masamune OGURI ]

#宇宙
2023.03.06

目次

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宇宙はどのようにして今の宇宙になったのか、宇宙は何で満たされているのか——私たちは宇宙に住んでいながら、宇宙のことをほとんど何も知らない。宇宙全体の成り立ちや構造、そして正体不明の物質「ダークマター」の謎に挑んでいるのが、先進科学センターの大栗真宗教授だ。大栗先生がこれまで明らかにしてきた宇宙のこと、そして研究を進めるうえで心がけていることなどを伺った。

宇宙にある“レンズ”で遠くの星を見る

―まずは、大栗先生の研究分野である「宇宙論」について教えてください

宇宙論とは、宇宙全体の成り立ちや構造を研究する学問です。特に私が興味をもって研究をしているのが、宇宙の構造形成、銀河形成に重要な役割を果たしていると考えられている 「暗黒物質(ダークマター)」です。

ダークマターは望遠鏡などを使って光学的に見えるものではなく、私たちの身近にある物質とほとんど相互作用しません。直接観測できず、いまだに正体が不明なのです。私はダークマターの性質を知るために、「重力レンズ現象」を活用して研究を進めています。

―重力レンズ現象とは何でしょうか?

重力によって時空が歪み、本来真っ直ぐ進むはずの光の経路が曲がる現象です。子どもの頃、虫眼鏡を使って太陽からの光を屈折させることで1点だけ明るくして、黒い紙から煙を出すという遊びをしたことはないですか?これと似たようなことが重力レンズでも起きています。

重力レンズ現象の集光によって、普通では観測できないわずかな光をとらえることもできます。2022年には、129億年離れた単独の星を発見したことを報告しました。宇宙は138億年前に誕生したとされているので、宇宙誕生からわずか9億年後の星をさらに調べることができれば、宇宙の進化を知る手がかりになると思います。

プレスリリース: 『NASAハッブル宇宙望遠鏡、地球から129億光年離れた星を発見−単独の星を観測した最遠方記録をおよそ40億光年更新−』

また、重力レンズ現象そのものを解析して、「このような時空の歪みを生み出すにはどの程度の質量が必要なのか、質量の分布はどうなっているのか」を推定できます。たとえば、ダークマターがたくさん集まった銀河団とよばれる天体では、ダークマターの分布は一様ではなく、大きく歪んだ扁平な楕円状であるという強い証拠も得られています。

強弱重力レンズ解析から得られた、銀河団内の平均的なダークマター分布。
球状ではなく上下にゆがんでいるのが見て取れる(Oguri et al. 2012)。

―宇宙の研究をされているということは、子どものころから宇宙に興味があったのですか?

いえ、むしろ中学生や高校生のころは歴史に興味があって、特に三国志にハマっていました。完全にゲームの影響ですが(笑)。

得意だったのは数学で、大学に入ってからは自然現象に関わる物理にやりがいを感じました。当時は宇宙物理学で観測データが多く得られるようになり始めていて、新しいことがどんどんわかってきていました。

たとえば、私たちの身の回りにある物質は、宇宙全体からするとわずか5%を占めるに過ぎず、宇宙全体の3割弱はダークマター、残りの7割は宇宙の膨張を加速させる正体不明のダークエネルギーでできているということが当時わかり始めたころです。 素人目ですが「これからおもしろくなりそうだ」と見えたので、宇宙論の道に進みました。

超新星像の予言レースを制した

―宇宙論の道に進んでから、どのような発見をされてきましたか?

強く印象に残っているのは、重力レンズ現象でとらえる超新星の像を「予言」したことです。

超新星とは、恒星などが最期を迎えて爆発したときに輝く天体のことです。超新星が重力レンズの影響を強く受けたとき、時空が歪んでいるため超新星からの光は重力レンズ現象によって違う経路をたどって複数の像に分裂し、その像は時間差で地球に届きます。

2014年11月に、重力レンズ現象によって超新星の4つの像が観測されたという報告がありました。自作のソフトウェアglaficで重力レンズの質量分布を再現すると、ちょうど1年後にもう一つの像が出現するという計算結果が得られました。しかし、ほかの研究者は0.6年後だったり3.6年後だったり、いろいろな主張が出てきました。

※glafic
重力レンズ解析のためのソフトウェア。仮定した質量モデルと背景ソース天体の位置に対して実際に観測される像の配置を計算したり、観測された像の形状や配置をもとにそれらを再現する質量分布を再構築したりするなど、重力レンズの研究・解析に必要な機能を一通り備えている。

―まるで予言レースですね

そしてほぼ1年後となる2015年12月、ついに超新星像が予言したとおりの場所で観測されました。私の予言が正しく、うれしかったというよりも安堵感を覚えました。

「予言できた」で終わりではありません。時間差を計算するときには「ハッブル定数」というパラメータを使います。ハッブル定数は、現在の宇宙の膨張速度や宇宙の距離を決める重要な定数で、ここから宇宙の大きさを解析することもできるのです。この解析結果についてはもうすぐ報告できると思います。

―最近のホットな話題は何でしょうか?

2021年に打ち上げられたジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡です。遠方の銀河を明るく観測でき、遠方宇宙探査が劇的に進展しています。観測データが多すぎて解析が追いつかないほどで、うれしい悲鳴をあげています(笑)。

2023年の夏ごろには、ダークエネルギーの性質解明を主な目的とするユークリッド衛星の打ち上げが予定されています。チリに新たに建設されたヴェラ・ルービン天文台も、まもなく稼働します。これらの計画にも関わっていますが、どういうデータが得られるか、今から楽しみです。

他人の借り物では世界のトップにいけない。「自作」が信念

―解析ソフトウェアglaficを自作したのはなぜですか?

単にソフトウェア開発に興味があっておもしろそうだったからというのもありますが、装置やソフトウェアなどの「道具」を自分でつくることは最先端の研究を行ううえで重要だと考えています。ほかの人の借り物では、世界のトップにいくのは難しいと思います。研究の根本となる道具を自分でつくるというのは物理分野の伝統で、私も同じ信念を持っています。

―ほかに研究をするうえで大切にしていることはありますか?

素朴な疑問を大事にして、それを一つずつ解明するような研究をしたいと思っています。そのためにも、少し分野が違う人の話を聞いたり論文を読んだりして、研究のヒントを得るようにしています。

最近では重力波に興味をもっています。重力波の観測が進んでダークマターの分布や性質について何かわかれば、宇宙論の研究はさらに発展し、活発になると思います。

―最後に、学生や若手研究者へのメッセージをお願いします

今までわからなかったことが自分で考えたり調べたりして解明できたときには、やはり研究はおもしろいと実感できます。そうした体験ができるように学生には指導しています。一緒にこの楽しさや醍醐味を味わってほしいと願っています。

インタビュー / 執筆

島田 祥輔 / Shosuke SHIMADA

名古屋大学大学院理学研究科修了。
食品メーカーで製造および商品開発を経験後、2012年からフリーランスライターとして活動中。
得意分野は生命科学、医学。記事には情熱を注ぎつつも正確性を重視し、誇張なしでサイエンスの魅力を広げることに注力します。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

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