社交不安症患者の脳活動に新発見~感覚処理領域の活動低下が認知機能障害と関連~

2025.12.01

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 千葉大学子どものこころの発達教育研究センターの和俊冰(Junbing He)特任研究員、平野好幸教授、清水栄司教授らの研究グループは、社交不安症(Social Anxiety Disorder: SAD)の患者を対象に、安静時機能的MRI(注1)と認知機能との関連を、世界で初めて調査する研究を実施しました。その結果、社交不安症においては体の感覚を処理する脳領域での脳活動が低下していること、また、特定の低周波における脳活動(周波数依存性脳活動)と、空間認識力や記憶力などの認知機能が関連していることを明らかにしました。本研究は、社交不安症における認知機能障害の神経基盤の理解を深めるとともに、周波数依存的な脳活動指標を用いた新たな神経マーカーの確立に寄与することが期待されます。
 本研究成果は、学術誌Brain Research Bulletinに2025年10月31日(現地時間)にオンライン公開されました。

■ 研究の背景
 社交不安症(SAD)は、社交的な状況に対する持続的な恐怖・不安を特徴とする精神疾患です。生涯有病率は4〜16%とされ、青年期に発症しやすく、社会的・職業的・学業的機能に著しい支障をきたします。SAD患者では、感情処理、社会的認知、注意、実行機能、記憶などの認知機能障害を示すことが報告されており、これらは前頭前野、扁桃体、中心後回などの脳領域の異常と関連していると考えられています(参考資料1)。近年、脳機能画像研究と神経心理学的評価を組み合わせた多面的な解析の重要性が指摘されていますが、両者を統合的に検討した研究は依然として限られています。その中でも、安静時機能的MRIは、脳の自発的活動を評価できる手法として注目されています。特に、安静時機能的MRIから得られる低周波成分の分数振幅 (fractional Amplitude of Low-Frequency Fluctuations: fALFF)は、精神疾患における自発的神経活動の異常を検出する有用な指標とされています。脳の血流信号には0.01〜0.1Hzという非常にゆっくりした揺らぎがあり、これは脳が休んでいるように見えても内部で情報処理を続けていることを表します。fALFFは、この低周波成分が全体の活動の中でどれくらい占めているかを示し、値が高いほどその脳領域が活発に働いていることを意味します(参考資料2)。精神疾患では特定の領域のfALFFが低下することがあり、診断や脳機能の理解に役立つ重要な指標です。本研究では、fALFFを用いてSAD患者の脳活動を周波数別(注2)に解析し、さらにCambridge Neuropsychological Test Automated Battery (CANTAB)(注3)による認知機能評価を組み合わせることで、社交不安症における周波数依存性の脳活動と認知機能との関連を明らかにすることを目的としました。

■ 研究の成果
 本研究の参加者は、選択基準を満たす健常者(HC)40名(女性は20名、平均27.50歳)、SAD患者27名(女性は13名、平均24.33歳)でした。全参加者に対してリーボヴィッツ社交不安尺度(LSAS)(注4)およびBDI-IIベック抑うつ質問票(BDI-II)(注5)などの心理尺度を使用して重症度を評価し、CANTABによる認知機能評価を実施しました。その後、安静時機能的MRIの撮影を行いました。
 安静時機能的MRI解析の結果、SAD患者は、「典型帯域(図1A)」および「slow-5帯域(図1B)」では、身体の感覚情報を統合する領域「体性感覚野」の一部である「両側中心後回(PostCG)」において、HC群よりも有意に低い脳活動(mfALFF)が認められ、「slow-4帯域(図1C)」では左中心後回に低下がみられました。

図1. 社交不安症患者で低下したmfALFF(周波数別) カラーバーが赤いほどmfALFFの低下が強い。赤矢印部分が中心後回を示す。

 これらのmfALFF値と臨床指標との間には有意な相関は認められませんでしたが、認知機能との相関解析では、slow-5帯域においてSAD群の左中心後回のmfALFFが低いほど、すなわち脳のこの部位の自発的活動が低いほど、与えられた課題に対する答えを最初に選択するまでの反応時間が長い、という有意な負の相関があることが認められました。これらの結果から、SAD患者では中心後回を中心とする周波数依存性の自発的脳活動の低下が認められ、認知機能との関連も周波数依存性があることが示唆されました。
 このような周波数依存性の神経指標は、SADにおける認知機能障害の理解や診断バイオマーカー(注6)の探索に有用であり、中心後回の異常活動は本疾患の神経基盤理解に寄与することが期待されます。

今後の展望
 本研究では、安静時機能的MRIによるfALFF解析とCANTAB認知機能評価を組み合わせ、社交不安症(SAD)における周波数依存性の脳活動と認知機能との関連を検討しました。その結果、SAD患者で中心後回を中心とする周波数依存性の脳活動低下が認められ、特にslow-5帯域での活動が弱いと認知機能が低下することに関連していました。中心後回は体性感覚処理を担う重要な領域であり、この領域のfALFFの減少は、SAD患者の感覚運動機能異常を反映していることが考えられますが、今回の発見であるslow-5帯域での活動の減弱と認知機能低下との関連は、不安症状との関連を含め今後明らかにしていく必要がありますが、今後の診断バイオマーカーおよび治療戦略の開発に貢献すると考えられます。

■用語解説
注1)安静時機能的MRI:機能的磁気共鳴画像(functional Magnetic Resonance Imaging)を用いて、安静時の脳血流の変化を測定することにより脳の活動を観測することが可能。何か特定の作業をしているときの脳の動きを調べるfMRIに比べ、安静時fMRIはリラックスした状態での脳の活動を評価する。
注2)周波数別:周波数帯域は、典型帯域(0.01–0.08 Hz)、slow-5帯域(0.01–0.027 Hz)、およびslow-4帯域(0.027–0.073 Hz)に区分され、それぞれ異なる神経生理学的特性を反映するとされる。注3)CANTAB:注意、記憶、実行機能などの認知機能を評価するためのコンピュータ化された神経心理検査バッテリー。
注4)LSAS:リーボヴィッツ社交不安尺度。社交不安症の重症度を評価するための尺度。24の様々な状況に対する「恐怖感/不安感の程度」と「回避の程度」を4段階で答える。
注5)BDI-II:ベック抑うつ質問票。過去2週間の状態についての21項目の質問によって抑うつ症状の重症度を短時間で評価することができる尺度。
注6)バイオマーカー:疾患や症状、治療の効果を評価するための指標となる生体由来のデータのこと。

■ 研究プロジェクトについて
本研究は以下の助成金による支援を受けて行われました。
・国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (AMED)「戦略的国際脳科学研究推進プログラム」(課題名:縦断的MRIデータに基づく成人期気分障害と関連疾患の神経回路の解明(分担課題名:成人期のうつ病、不安症、強迫症の脳画像等の総合的解析研究))
・JST次世代研究者挑戦的研究プログラム「JST SPRING」JPMJSP2138
・独立行政法人日本学術振興会科学研究費助成事業
基盤研究(A)25H01085、挑戦的研究(萌芽)24K21493、基盤研究(B)23K22361、25K0087 9)基盤研究(C)19K03309、25K06842

■ 論文情報
タイトル: Exploring the correlation between frequency-dependent brain activity and cognitive function in social anxiety disorder
著者:Junbing He, Nadire Aximu, Tokiko Yoshida, Yuko Isobe, Yusuke Sudo, Koji Matsumoto, Eiji Shimizu, Yoshiyuki Hirano
雑誌名:Brain Research Bulletin
DOI:10.1016/j.brainresbull.2025.111603

■ 参考資料
1)タイトル:From anatomy to function: the role of the somatosensory cortex in emotional regulation
雑誌名:National Library of Medicine
DOI:10.1590/1516-4446-2018-0183

2)タイトル:An improved approach to detection of amplitude of low-frequency fluctuation (ALFF) for resting-state fMRI: fractional ALFF
雑誌名:National Library of Medicine
DOI:10.1016/j.jneumeth.2008.04.012.

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