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高齢化社会の未来を支える~“人間指向型”介護ソフトロボット技術とは? 千葉大学 フロンティア医工学センター 教授 / センター長 兪 文偉[ Wenwei YU ]

#老化#高齢社会
2026.01.13

目次

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※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです

医療ロボット研究を長年リードしてきたフロンティア医工学センター長・兪 文偉(ゆ ぶんい)教授は、利用者を中心に考える「人間指向型」のロボットシステム開発を何より大切にしている。医学と工学の双方を深く究め、現場の声を丁寧に取り入れながら、「本当に求められる技術」を磨いてきた開発への熱意は、センター長となった現在も健在だ。確かな知見と熱意で世界有数の高齢化社会を迎える日本の課題に挑む、兪教授にこれからの介護ロボットの未来を伺った。

医学と工学をつなぎ、人を助けるソフトロボットをつくる

――先生が現在のソフトロボティクスの道に進まれたきっかけを教えてください。

中国の上海交通大学で修士課程を修了し、そのままロボット研究所で助教として働いていました。1980年代の中国は、改革開放が本格的に始まり、経済が大きく動き出す直前の熱気に満ちていましたが、研究よりも経済が優先される風潮があり、最新のロボットが担うのは自動車工場の溶接などでした。「産業ではなく、人の日常生活に役立つ研究がしたい」という思いが強まり、日本への留学を決意しました。

――「人の役に立ちたい」という情熱を抱いて留学されたのですね。日本に来られてからはどのような研究を?

留学先の北海道大学では、環境に合わせて自ら動きを決める「自立型ロボット」を研究しました。機械工学者かつ情報工学者である嘉数侑昇先生のもと、工学の博士号を取得後、リハビリテーションの専門家である故・眞野行生先生と出会ったことが大きな転機となりました。眞野先生は、大学病院にリハビリテーション科を立ち上げられた熱意あふれる方でした。リハビリに励む多数の患者さんを見て支援ロボットが求められていると痛感し、「役立ちたい」という思いに火がつきました。工学の技術をリハビリに適用するには医学の視点が欠かせません。そこで眞野先生のもとでリハビリテーション医学を学び、最終的には医学博士号も取得しました。

――2つの博士号が先生の熱意を物語っています。現在取り組まれている研究テーマはどのような内容ですか。

医療・福祉・健康を支援するロボティクス技術、とくに、在宅でのリハビリや介護を支える柔らかなロボット(ソフトロボット)の開発に力を入れています。リハビリ支援で求められるのは、人への優しさや安全性です。柔軟なシリコンなどの素材と、空気圧で動くアクチュエータ(動作を行う部品)を使えば、外から強い力が加わっても自然に圧が逃げ、安全性が確保できます。空気で駆動するため、万が一漏れても安全です。高度な制御アルゴリズムの導入により精度を向上させることが可能であり、対人支援ロボットとして不可欠な安全性を何よりも優先しています。

その人の「動かしたい瞬間」を支えるリハビリロボット

――先生が開発中の「ハンド リハビリテーション グローブ」について教えてください。

指のリハビリをより効果的に補助するグローブです。一般的なリハビリグローブは、指を曲げる(屈曲)動作の補助が中心ですが、日常生活では指を伸ばす動きも欠かせません。そこで、既存のグローブに組み込める「折り畳み式ポーチアクチュエータ(FPA)」を開発しました。

FPAは、紙袋の「マチ」に似た折り畳み構造を持つ小さなチャンバー(空間)で、狭いスペースにも設置できるのが特徴です。アコーディオンの蛇腹をイメージしてみてください。空気を入れると膨らんで指を伸ばし、空気を抜くと薄く畳まれて他の構造の邪魔をしません。さらに、指の関節ごとに異なる可動域や硬さに合わせて、折り畳みの深さや角度を調整できます。関節の可動域が狭くなる「拘縮」の程度は人によって大きく異なるため、この調整機能によって、一人ひとりの状態に応じた支援が可能になります。

一方で、空気圧式で小型なことから、拘縮が強い方には伸ばす力(トルク)が不足する場合があります。限られたスペースを保ちつつ、より大きな力を出せる新しい構造を探っています。

―リハビリなど、ヒトの支援に特化したロボット開発で意識されていることはありますか。

リハビリでは、本人が「動かそう」と思った瞬間にロボットがタイミング良く補助することが重要です。先回りすれば過干渉になり、遅れれば効果を発揮できません。本人の意思を尊重し、その人の能力に合わせて支援する姿勢が基本になります。

介助支援ロボットでは、現場の人が安心して使え、威圧感を与えないことが重要です。操作が分かりにくい、あるいは硬くて危険に見えるロボットは受け入れられません。工場で働くロボットのように効率だけを追えばよいのではなく、人の自立と尊厳を守る技術であることが大切だと考えています。

そのため私は、人を中心に考える「人間指向型ロボティクス(Human Oriented Robotics)」を掲げ、医師や看護師と一緒に、現場で使いやすいロボットを共同開発しています。

在宅ケアの未来を支える技術を、フロンティア医工学センターから

――センター長を務めるフロンティア医工学センターでは、手術やリハビリだけでなく、地域医療へのテクノロジー導入にも取り組んでいらっしゃると伺いました。

フロンティア医工学センターに所属する一部の研究者は、「退院後の生活を支える技術」をキーワードに、医学・看護学・工学が連携して研究を進めています。病院内の医療技術は高度化していますが、高齢者や退院後の地域における生活を支える技術は、まだ十分にテクノロジーが活用されていないのが現状です。

あるシンポジウムで、地域医療の先生が「患者さんの生活状況を知るには、自宅の冷蔵庫を見るのが一番だ」と話されていました。患者さん自身ではなく、生活環境から状態を推測しているわけです。もし、患者さんの負担なく体調をモニタリングでき、医療者がその情報を活用できたら、より確かな医療につながります。

そこで私たちの研究グループでは、非接触で血圧や脈圧を推定できる心弾道図(BCG)センサーを開発しています。心拍による体の微細な振動を解析し、血圧や脈圧の変化を測定できる技術です。マットレスやソファにも組み込めるため、日常生活や睡眠中に体調をそっと見守ることができます。

――高齢化や医療のひっ迫という現状から、在宅リハビリ・介護の割合はますます高まっていくと予想されます。ロボットと暮らす未来は近いのでしょうか。

日本や中国は、世界でもトップクラスの高齢化社会です。個人宅への介護ロボット導入はすぐそこまで来ているでしょう。ただし、いくら有用なロボットを開発しても、受け入れ側の心理や倫理が整わなければ十分に活用されません。技術開発と倫理制度の整備を両軸で進める必要があります。

私も参加した国際共同研究では、日本、アイルランド、フィンランドの三カ国で大規模なアンケート調査*を行い、在宅介護ロボットに対する考えを比較しました。 日本では「使いたい」と答えた割合が最も高く、安全性や正確性、耐久性を重視する人が多いという結果でした。一方でアイルランドや北欧では、仮にロボットが介護を行うとしても、人間同士の交流を大切にした介護を受ける権利を重視する傾向が見られました

文化や社会制度の違いによって、ロボット介護への受け止め方は多様だということが調査から分かりました。人とロボットが協働する未来を実現するには、支援を受ける方の尊厳や権利を社会がどう守るか、考えておくことが必要です。

*高齢者、家族介護者、および在宅ケア専門職を対象とした、日本528人、アイルランド296人、フィンランド180人 合計1,004人へのアンケート調査

――先生の研究は医工学の域をこえて、倫理・哲学的なテーマにまで及ぶのですね。先生のロボット研究は、どのような未来を見据えて進められているのでしょうか。

人そのものを理解することです。人の動きや感情を科学的に理解し、暮らしを支える。それが人間指向型ロボティクスの目指す方向です。得られた知見を少しでも多く、次の世代につなぎたいという思いも、研究を続ける力になっています。

――最後に、学生や若い世代へのメッセージをお願いします。

高齢化は日本全体の大きな課題であり、いずれ若い世代も直面する問題です。 「社会に貢献したい」という気持ちを大切に、技術で人を支えることに挑戦してほしいです。
高齢者や患者さんと直接コミュニケーションを取る経験は、研究を進めるうえでも役立ちます。普段の生活圏を少し出て、さまざまな年齢や背景の人と関わるところから始めてみてください。

● ● Off Topic ● ●

 

高齢化社会の課題に向けて、ほかにはどのような研究をされていますか?

 
 

介護現場で最も負担が大きい課題の一つが排泄ケアです。
おむつ交換の負担を減らすために、決まった時間にトイレへ誘導することがありますが、これを「一種の過剰介護ではないか」という声もあります。

 
 

尿意を感じる能力が弱くなると聞いたことがあります。とはいえ、現場は人手不足ですよね……。

 
 

そこで、尿意を感じると自律神経系の活動が変わることを利用した排泄モニタリングや、行動から尿意を検出する行動解析などの研究も行っています。

 
 

フロンティア医工学センターは、現場の困りごとを実現につなげていく場ですね!

 

インタビュー / 執筆

安藤 鞠 / Mari ANDO

大阪大学大学院工学研究科卒(工学修士)。
約20年にわたり創薬シーズ探索から環境DNA調査、がんの疫学解析まで幅広く従事。その経験を生かして2018年よりライター活動スタート。得意分野はサイエンス&メディカル(特に生化学、環境、創薬分野)。ていねいな事前リサーチ、インタビュイーが安心して話せる雰囲気作り、そして専門的な内容を読者が読みやすい表現に「翻訳」することを大切にしています。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

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