※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです
自閉スペクトラム症(ASD)の人は、周囲や本人の「この社会に適応しなくてはならない」という意識によって追いつめられ、心に傷を負っていることも多い。臨床心理士であり発達障害の研究者でもある、子どものこころの発達教育研究センターの 大島郁葉教授は、こうした本人の生きづらさにフォーカスし、「自身の特性を知ること」を土台にした、新たな心理療法を開発しようとしている。
スキルトレーニングばかりでなくメンタルヘルスにも注目を

――ご専門はASDとのことですが、臨床と研究の両方をなさっていらっしゃるのですか?
はい、私のカウンセリングにはいま、ASDをもつ8歳ぐらいの子から大人までいらしていて、親御さんにも対応しています。研究としては、ASDの方の「生きづらさ」に心理療法がどのように関われるかを探ろうとしています。
発達障害といわれる障害にはASDのほか、注意欠如・多動症(ADHD)、限局性学習障害(SLD)などがありますが、いくつか併せもつ人も少なくありません。そのため、たとえば学校など全員がルールに従って行動することが求められる環境では、当人は非常に大きな生きづらさを抱えることになります。
そうしたことからトラウマを抱えてしまう人も多いので、私はASDの人のメンタルヘルスをどう改善できるかを考え、研究・カウンセリングをしています。たとえば、スキーマ療法という心理療法があります。これは、本人が安心して話せる空間を作る試みなどを通じて、トラウマを癒やすことを目的としています。

――最近はよく「認知行動療法(CBT)*」という方法を耳にするようになりましたが、それとは違うものですか?
CBTも心理療法のひとつですが、スキーマ療法がメンタルヘルスの改善を目指すものであるのに対して、ASDにおけるCBTは、本人が不得意なことをトレーニングする目的で使われることが多いのです。仕事に復帰できるように対人スキルのトレーニングを行うとか、いわば進学塾のようなものですね。
でもそれは、「職場や学校で、人はこのように振る舞うべき」という形に適応できるようにその人を訓練するものであって、その人自身の心理的なニーズにはあまり関心が向けられていません。スキルトレーニングだけでなく、ASDの本人が抱える心理的なつらさを軽減する心理療法は作れないだろうか。これが私の研究のメインテーマです。
*認知行動療法 (Cognitive Behavior Therapy: CBT)とスキーマ療法
CBT: 「考え方のクセ」と「行動」に注目して、今つらくなっている考えを現実的に見直し、行動を少しずつ変えていく方法。 “今ココ”の問題を扱うのが特徴。
スキーマ療法:子どものころに満たされなかった感情(安心感・有能感など)といった性格の土台に注目し、人間関係や感情のパターンを根本から理解して癒していく方法。 “長年の生きづらさ”に向き合うことが特徴。
――それにスキーマ療法が役立つ、と。
スキーマ療法はトラウマを癒やすために非常に長い時間をかけるのですが、そこまで長期の治療が必要なわけではない人もたくさんいるので、独自の方法を作ってみようと考えました。
重視したのは、本人が自分のASD特性を理解することです。ASDの人は概して、対人コミュニケーションの困難さや、対象はそれぞれですが特定の物事への強いこだわりを持っています。
そこでまずは、本人が(本人が子どもの場合は保護者も)、「どのような特性を自分が(子どもが)もっていて、どのような不適応に苦しんでいるのか」を理解するためのカウンセリングを行います。
理解が進んだら、どうしたらそのしんどさを解消できるかを一緒に考えます。これには、自分の中で調整する方法だけでなく、環境を調整すること、すなわち学校や職場などに合理的配慮を求めて相談することも含みます。そして実行に移す。このプログラムを「ASDに気づいてケアするプログラム(ACAT)」と名付けました。
2つの大学病院でACATを導入し、10~17歳までのASD患者と保護者、数十組に調査に参加していただきました。すると通常の診察のみを受けた人よりも、通常の診察に加えてACATを受けた人のほうが自閉特性の理解度が有意に高まり、メンタルヘルスも改善していることが確認できました。
「社会的カモフラージュ」がメンタルヘルスをむしばむ

――自分の心理的な癖がわかり、それにどう対処しようかと具体的に考えることで気持ちが楽になる、という流れを作るのですね。
はい、特性を理解して自身や環境を客観的にとらえられるようになることが鍵です。そこから、ASDの特性はそれ自体が障害なのではなく、あくまで「環境との関係」において障害となっていることがわかれば、環境に対して合理的配慮を求めることもできるようになる。環境と特性が悪循環を起こしていたものを、特性の理解を「てこ」にして好循環に変えるプログラムです。
――そうでないと、ひたすら自分を責めたりしてしまう可能性がありますね。
障害の「医学モデル」と「社会モデル」といわれる概念があります。医学モデルとは、足りない部分が本人にあるのだから、それを治療・改善しなくてはならない、すなわち個人の努力に帰する考え方です。一方、社会モデルとは、「ある特性がたまたまその社会において不都合となるために、障害とみなされる」という考え方です。社会が変われば、あるいは環境を変えれば、その特性は障害にはならないこともあります。
世の中は長く医学モデルが主流でしたから、ASDの人は、自分の心に負荷をかけてでも自分が属する社会に適応しているふりをしなくてはなりませんでした。これは「社会的カモフラージュ」と呼ばれます。意識的・無意識的に、周りの人の言動をまねしてASDを隠そうとする行動です。
社会的カモフラージュをするには、ふつうの人よりずっと神経をはりつめ、頭をフル回転させて状況を読み続けないといけません。精神的に疲れ果ててしまうばかりか、自分が好きなものが何かわからなくなってしまったり、常に不安を抱えたりと、メンタルヘルスが悪化していきます。実際、大人のASDの人のおよそ8割が、抑うつ、不安障害、強迫性障害などの精神障害を併発しているというデータもあります。
支援者自身が「無自覚な多数派の権力」に気づくために

――学校の先生やカウンセラーのような、身近で味方になってくれるはずの人からも、親切心からとはいえ「あなたが変わらなくてはいけない」と言われ続けていたら、不安や孤独感に苛まれるのも当然ですね。
ASDを支援する側の人は定型発達だったり、健康な年長だったりと、社会的に多数派の属性をもっていることが多いんです。つまり、自身がそうとは知らずに多数派という権力を持っている。例えば、子どもからしたら学校の先生は絶対で、先生から「君が悪い」と言われたら反論するのは難しいですよね。このように多数派側の人たちが自覚のないまましてしまう、少数派への差別的な言動を「マイクロ・アグレッション」といいます。最近実施した研究では、このマイクロ・アグレッションに曝されることが多くなると、ASDの人のカモフラージュ行動が増え、長期的にはメンタルヘルスの悪化や燃え尽き症候群のリスクを高める可能性があることが明らかになりました。

このような状態をなんとかしたくて、今は、多数派の人自身がマイクロ・アグレッションを無意識にしてしまっているかどうか気づくためのプログラムを作っています。最終的にはアプリにして誰もが手元で学べる形にしたいと思っていますが、準備段階としてまずは研修プログラムとして作り、100人ほどの方に講座を受けていただきました。「気づかないうちに自分もやってしまっていた」という声が多数寄せられ、手応えを感じています。
――まさに社会モデルの考え方で、「環境」の側を変えていく試みですね。
はい、ASDの人が心を病むほどの変化を求められ、傷つき、二次障害に苦しむ社会を、こうした啓発や調査研究によって少しずつ変えていければと思っています。

● ● Off Topic ● ●
社会に対して働きかける「オールマイノリティプロジェクト」というプラットフォームを立ち上げられたそうですね。
はい。マイクロ・アグレッションに気づくためのアプリ開発などはここを拠点としてやっています。
そのほかにはどのようなことをされているのですか?
発達障害の人の日常や気持ちを描いた漫画など、サイトを訪れた人にもこの問題に触れ、理解を深めていただけるようなコンテンツをアップしています。ゆっくりご覧いただけたらうれしいです。
インタビュー / 執筆

江口 絵理 / Eri EGUCHI
出版社で百科事典と書籍の編集に従事した後、2005年よりフリーランスのライターに。
人物インタビューなどの取材記事や、動物・自然に関する児童書を執筆。得意分野は研究者紹介記事。
科学が苦手だった文系出身というバックグラウンドを足がかりとして、サイエンスに縁遠い一般の方も興味を持って読めるような、科学の営みの面白さや研究者の人間的な魅力がにじみ出る記事を目指しています。
撮影

関 健作 / Kensaku SEKI
千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。









