#次世代を創る研究者たち

“虫好き&機械好き”ハカセが生物の飛行メカニズムに迫る~蚊の羽ばたきから高性能ドローンの応用へ 千葉大学 大学院工学研究院 准教授 中田 敏是[ Toshiyuki NAKATA ]

#ドローン#昆虫
2023.10.16

目次

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蚊はなぜ、暗闇でもぶつからずに飛べるのか?――身近な虫とはいえ、翅(はね)の動きや飛べる理由に肉眼で迫るのは難しい。この難題を、イギリスで培った最先端の工学技術で追ってきたのが工学研究院の中田敏是准教授だ。ネイチャー (Nature) やサイエンス (Science) といった超一流誌へ続けざまに論文を発表し、世界の注目を集める中田准教授に、「生き物の飛行」と「工学」を組み合わせた研究のおもしろさを語っていただいた。

精巧に動く機械と虫を、同じように愛でていた

 ――蚊にとりわけご興味があったのですか? 

いえいえ、「飛ぶ生き物」はなんでも気になるんです(笑)。小さいころから虫好きでしたが、同時に「機械」も好きでした。親がミキサーを捨てると聞けば、もらって分解してみたり。虫も機械も、細かなパーツが精密に組み合わさって複雑で正確な動きを実現している点は同じですよね。虫と機械を同列で、「精巧なメカニズムを持った存在」として愛でていたんじゃないかと思います。 

――進むべくして「虫」と「機械」を組み合わせた研究の道に進まれたのですね 

それが、千葉大学に入った時には、虫と自分の将来はまったく結びついていませんでした。機械が好きだからと機械工学を専攻し、大学院の博士前期課程もそのまま工学の研究室に進みました。  

そんなある日、廊下ですれ違った劉浩(リュウヒロシ)先生に軽く挨拶をしたら、先生が何気なく「元気?」と声をかけてくださったんです。劉先生は、虫の羽ばたきをシミュレーションで可視化する研究の第一人者です。この一言から始まった立ち話がきっかけで、後期課程では劉先生の研究室に入れていただくことになりました。 

そこから、虫の飛行のメカニズムにがぜん興味が湧いてきました。生物の飛行の実験・分析では、オックスフォード大学のボンフリー博士の研究室が最先端。ぜひ博士の研究室で研究したい、と言っていたら劉先生が連絡をとってくださって、面接を経て研究員として雇ってもらえることになりました。

――羽ばたきを観察する研究に踏み出されたのですね

はい。研究室では、高速度カメラを使ってさまざまな虫の羽ばたきや羽ばたきによって生じる気流を精緻に撮影することに成功していました。 

私が研究に参加して一年ほど経ったころ、ある研究者からボンフリー博士宛てにメールが届きました。「真っ暗闇でも蚊が決してぶつからずに飛べるのは気流を検知しているからではないだろうか。共同研究しないか?」 
その提案を知って、「やろうやろう! おもしろそう」と言い出したのが私でした。私と蚊との出会いはそのときです。 

やってみると、蚊を固定して羽ばたかせて翅の動きを撮るのと、暗闇を飛んでいるところを撮るのはまるで違い、撮影は忍耐の連続でした。しかし試行錯誤を重ねて最終的に撮れた映像には、翅の動きが細部まで見事に映っていました。 

工学の技術が、生物の理解を助けるヒントをくれる 

――暗闇で蚊が物にぶつからずに飛べる理由はどこにあったのでしょうか? 

蚊は、鋭い視覚でもなくコウモリが使うような超音波でもなく、まったく別の方法で障害物を検知していることがわかりました。 

蚊が羽ばたくことで起きる気流は、壁や床などにぶつかると乱れます。蚊が壁や床に接近すると、その乱れが蚊の触覚を揺らします。蚊は、触覚のごくわずかな揺れの変化を特殊な器官で検知し、「自分はいま何かに近づいたぞ」と把握するんです。 

その知見をもとに、仲間の研究者は蚊の障害物検知システムを模し、空気の圧力を感じるセンサーで障害物に接近したことを検知できるドローンを開発しました。 

――生物のメカニズムに発想を得て新技術を開発する「バイオミメティクス(Biomimetics)」*1の実例ですね 

ええ、蚊に学ぶ技術はほかにもいろいろ考えられます。たとえば、蚊は二酸化炭素、匂い、水分などの情報を使って人をすぐに見つける、優れた触角を持っています。蚊の触角をつけたドローンを作れば、災害発生時にいち早く被災者を見つけられるかもしれません。 

ただ、話を気流検知に戻すと、わずかな気流の変化を検知できる能力を蚊が持っていることがわかっても、実際に蚊がそれを障害物回避に活かしているのかどうかは誰にもわかりません。しかし、気流仮説に基づいて作ったドローンが障害物を検知できたのなら、蚊も同じ仕組みを利用している可能性は十分あるだろうと考えることができます。 

バイオミメティクスは、別名「バイオインスパイアード・テクノロジー(Bio-inspired Technology)」*2とも呼ばれます。逆に、ロボットを作り、実験してみることで、生き物が採用しているメカニズムのヒントが見えてくることもある。これを「ロボティクスインスパイアード・バイオロジー(Robotics-inspired Biology)」*3と言います。 

*1 生体の組織・機能を模倣して材料開発などに生かすアプローチ 
*2 生体から得た着想を発展させてそれ以上の機能の実現を目指す技術 
*3 ロボットや物理モデルを用いて生物学的システムの解明を目指すアプローチ 

蚊の気流検知を模したドローンは両方の性格を持っています。こうした工学と生物学の双方向の行き来も、この分野のおもしろさですね。 

自作の実験装置で、誰も見たことのないものを見る

――ご自身の研究室の実験装置はほとんど自作だと伺いました  

誰も見たことがないものを観察しようと思うと、既存の機材やソフトではやりたいことが十分にできないんですよね。蚊や蛾を撮影する設備、カナブンなどの甲虫を人工的な風の中で飛ばす風洞装置、鳥のサイズに適した装置など、目的にあわせて学生と一緒に作っています。 

斜流風洞(左:ファン、右:吸い込み口):後ろにあるたくさんのファンによって風を吸い込み、渦や乱れの少ないスムーズな風を起こす装置。この風洞は回転軸によって支えられており、全体を傾斜させ、重力に対する風の向きを変えることができる。チョウゲンボウが飛行する傾斜した風などを再現して、その中で安定して飛行できるようなロボットをトレーニングするためのジムのようなものといえる。 
飛行アリーナ:実験室の隅の暗幕で囲まれた空間に構築した、蚊の飛行を観察するためのアリーナ。蚊は視覚に頼らず嗅覚を使って人間を発見するので、その際の飛行を観察するために暗くしている。暗闇だが、蚊には見えない赤外線照明を用いることで、人間の匂い(学生の靴下など)に向かって飛行する蚊の軌跡をカメラで観察することができる。 

――鳥の翼の模型が入った風洞装置では何を見るのですか?

 これはチョウゲンボウという鳥を模したロボットの翼です。チョウゲンボウは土手の斜面などでの上昇気流を利用し、まるで空中の一点に静止しているかのように飛び続けることができます。 
飛んでいる様子を動画でよく見てみると、翼を覆う羽根が一枚ずつ、ぴらぴらとめくれている。もしかしたらそのめくれがこのような飛行と関係があるのではないか? と推測しました。 

その推測を確かめるため、翼の模型の表面に羽根を模した薄いシートをつけ、風を当てると羽根がどう動き、どんな気流が起きるのかを見ようとしています。風洞全体を傾けられるように装置を作ってあるので、上昇気流も再現できるんですよ。 

「これおもしろい!」を伝染させたい 

――そんな実験装置は世界でも珍しいのでは

研究者として、「自分がおもしろいと思えることを研究する」のが第一ですが、その中で世界初・世界一でありたいと思っているんです。たとえば、ボンフリー博士は虫の飛行と気流の研究では世界一でした。だからこそ、おもしろいテーマをもった人との出会いが広がっていく。 

僕自身も「おもしろいテーマを自分で作り出していく」人間でありたいし、世界一であることによって「別のおもしろいテーマをもった人に見つけられる」人間でもありたいですね。 

――「おもしろい」も大事なキーワードなのですね

学生には「おもしろいこと」「やりたいこと」をやってごらん、と言っています。そう言われても自分は何がおもしろいのかわからず手が止まってしまう、という学生も多いのですが。私もイギリスに行くまでは、研究とはひたすら真面目に取り組むものだと思っていましたからその気持ちはわかります。でもイギリスに行ったら、ボンフリー博士は採った虫を見せると「見てみて、この目! なんてきれいなんだ!」と実に楽しそうでした。それを見て私も「あ、研究って楽しんでいいんだな」と肩の力が抜け、視界が広がるような思いをしました。 

なので、私自身が何かをおもしろがっているときにはその様子を学生にも積極的に見せるようにしています。 

実験室の裏の池でボウフラがたくさん採れた!という喜びも、いいカメラを買って身近な虫を撮ってみたら驚くほど美しかった、という感激も、そのまま表に出して共有しています。カメラ熱はよく伝染して、学生が次々カメラを買っています(笑)。ほんとに、虫って見事な造形なんですよ。 

インタビュー / 執筆

江口 絵理 / Eri EGUCHI

出版社で百科事典と書籍の編集に従事した後、2005年よりフリーランスのライターに。
人物インタビューなどの取材記事や、動物・自然に関する児童書を執筆。得意分野は研究者紹介記事。
科学が苦手だった文系出身というバックグラウンドを足がかりとして、サイエンスに縁遠い一般の方も興味を持って読めるような、科学の営みの面白さや研究者の人間的な魅力がにじみ出る記事を目指しています。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

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