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高齢者の「法的支援へのつながりにくさ」を改善するには?~社会的ネットワークの実態と機能を法社会学で明らかに 千葉大学 大学院社会科学研究院 准教授 山口 絢[ Aya YAMAGUCHI ]

#老化
2025.12.25

目次

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※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです

法律にかかわる問題を抱えた時、いきなり弁護士事務所の戸を叩く人は少ない。かといって、すぐに適切な窓口に相談すべく動くことのできる人も多くはないだろう。法的支援へのつながりやすさ、すなわち「司法アクセス」には、情報や費用の壁など様々なバリアがある。

とりわけ高齢の方(以下「高齢者」)にとって、その壁は高いものになりがちだ。現場の人々への調査によってその実態を明らかにしようとしている大学院社会学研究院の山口絢准教授に、高齢者の司法アクセスを助け得る社会的ネットワークについて伺った。

高齢者にはとりわけ高い“司法アクセスの壁”

——先生は「高齢者の司法アクセス」を研究されていらっしゃいますが、なぜこの分野に注目されたのですか?

私が大学生のとき、祖父母が法的なトラブルに直面したんです。祖父は病気の後遺症で認知能力が十分ではなく、また祖母は法律家に相談した経験がなく、最終的に和解で解決するまでにかなり苦労していました。

私は当時法学部の学生だったので、何か手伝えることはないかと調べているうちに、いまの法的な制度や支援の仕組みは、高齢者がアクセスするにはハードルが高すぎるのではないかと思ったことが最初のきっかけです。

——医療などに比べると、どの世代でも司法アクセスには壁があるようにも思いますが、法的な支援を要する問題で高齢者特有というと、どういったものがあるのでしょうか?

いずれも、必ずしも高齢者に限定される問題ではありませんが、たとえば、相続に関すること、認知症などにともなう成年後見制度利用のこと、また消費者問題などがあります。ただ、注目すべきは問題の種類だけではなく、加齢にともなう認知能力の低下によって、問題を「法的問題だ」と認識しづらくなってしまうことだと私は考えています。

——たしかに、詐欺被害にあっていても本人がそう認識していなかったら、法的な支援が必要な問題として表に出てこないですね。

はい、アンケート調査だけでは高齢者本人が「法的支援が必要なトラブル経験はない」と答えることも少なくないのが現状です。

ではそうした場合に、いったいどんな立場の人が高齢者の法的支援のニーズに気づき、法専門家につないでいるのか。地域には、民生委員や地域包括支援センター、自治体の支援窓口など様々なアクターが存在していますが、実際に彼らが高齢者の法専門家へのアクセスをどう助けているのか。私の研究は、現場の方を対象としてアンケート調査やインタビュー調査を行い、その結果を総合的に検証して、よりよい司法アクセス支援のアプローチを提言することを目指しています。

いうまでもなく、最も早く細やかに問題に気づけるのは家族です。ただし少子高齢化にともなって高齢者のみの世帯も増えている現在では、家族による問題発見がされにくい世帯も多い。

そのような場合でも、民生委員やケアマネージャーなど日常的な支援を通じたつながりがあれば、会話の中から法的支援が必要な問題を発見でき、より法的専門性が高いアクターにつないでいくことができる。すなわちこうしたネットワークが機能していれば、支援が必要な方の司法へのアクセスがうまくいくことが見えてきました。

——支援につながるための「最初の一歩」を、日常的な支援をしている人が助けてくれる、と。

はい。また、「法的な専門家につなげば終わり」ではなく、その後も、高齢者の日常を支援している人が法専門家と連携して支援する重要性も見逃せません。高齢者の許可を得たうえで、ご本人の日常に根付いたニーズをよく理解している人が法専門家への情報提供を行ったり、あるいは専門家の手を借りることに心理的な抵抗がある高齢者との間に入ってコミュニケーションを助けたり、というサポートをすることで、高齢者は法的支援がより受けやすく、効果的かつ持続的に支援が受けられるようになります。現実には人的リソースの限界もありますが、だからこそ、地域における支援ネットワークを構築し、支援の輪を広げていくことが大切です。

こじれる前の「予防的な司法アクセス」を確保する

——現在進行形の問題の発見、専門家への橋渡しのほか、「予防」にも注目されているとのことですが。

「予防目的の司法アクセス」も研究テーマの一つです。高齢期以降に発生しうる問題を予防するために、問題が起きる前から司法にアクセスできる状態をつくることが鍵となります。

——医療でも介護でも、ひどくなってしまってからの対処より、ちょっと怪しいと思った時点で予防に努める方が効果的ですものね。

はい、高齢期が長くなってきているいま、介護予防などと同様に、将来自分が困るであろうことは自分が元気なうちに防いでおこう、という発想です。

——具体的には、相続紛争を予防するために遺言を作成しておく、などでしょうか。

あるいは、認知機能の低下に備えて、任意後見や家族信託などの準備をすることもその一つです。成年後見には、判断能力が低下してから裁判所が後見人を決める法定後見と、本人が任意後見人をあらかじめ選んでおく任意後見があります。どちらも重要な制度ですが、本人の意思がより反映できるという点で任意後見がもっと利用しやすい制度になるとよいと考えています。しかし、知られていない、制度自体が使いにくいなど、様々な理由からそれほど使われていないのが現状です。

もちろん、すべての人がこれらの法制度を使うべきだとはまったく思っていません。一生必要ない人も多いでしょう。ただ、たとえば終活の一環として、自分にとって必要かどうか、使えるかどうかを知っておきたい、という時に法律の専門家の支援を受けられる場があることが重要だと思います。

“高齢者”とひとくくりにせず、使えるテクノロジーを活用

このような研究をしていて非常に重要だと私が思っているのは、「高齢者」とひとくくりにしないことです。一口に高齢といっても、健康状態、支援してくれる家族の有無、新しいテクノロジーへの適応性などは人それぞれです。

たとえば、どんな領域でも、新しいテクノロジーを導入すると高齢者が置き去りにされるとよく言われます。たしかにそうした面もありますが、反対に、移動に困難を抱えた高齢者が裁判所に何度も出向く代わりにオンライン会議システムを使えたり、相談に行く前に法テラス*のホームページにあるチャットボットなどで自分の問題に関わる法制度の情報を得たりするなど、うまく使えば高齢者の司法アクセス向上に役立てられることもあります。

*法テラス:日本司法支援センターのこと。国が設立した、法的トラブル解決のための「総合案内所」。借金・離婚・相続などの悩みに対し、無料で相談窓口や法制度の情報提供を行い、経済的に困難な方には弁護士・司法書士の無料相談や費用立替えの支援も行っている。

生成AIはいまのところ、誤情報の生成の問題や法律の問題もあり、専門家への相談に代替することはできないので、慎重に向き合う必要がありますが、これだけ社会に普及したいま、生成AIが人々の情報や司法へのアクセスをどのように変容させるかについても避けて通れない重要な課題だと思っています。

「法社会学」に関心をもったら千葉大学へ

——この分野に関心を持った高校生や大学生、ロースクールの学生にメッセージがあれば一言いただけますか?

私の専門は法と社会の関係を考える「法社会学」で、私はその中でも特に、社会調査によって実態を明らかにする研究をしています。

社会の変化によって新たな法律が必要になることもあれば、社会に変容をもたらす意図もあって法律がつくられることもあります。そして、法律は、作られたからといって常に社会で広く使われるとは限りません。知られていなければ使われませんし、知られていても、多くの人にとって使い勝手が悪ければ活用されない。

ある法律が社会であまり使われないとき、そこにはどんな要因があるのか、どんな法制度なら社会に活用されるものになるのか。こうした法と社会の相互作用を研究するのが法社会学です。

法学というと憲法や民法などを研究する実定法学が思い浮かぶかもしれませんが、法社会学は、より実社会に即して法のありかたを考える学問だといえるでしょう。

弁護士などの法曹を目指す方にとっても、実社会で法がどのように動いているのか、人々がどう受け止めているかを知ることは法そのものの理解を深めると思います。

法社会学の専任教員が在籍していない大学も少なくないのですが、千葉大学はその点、歴代の法社会学担当教員が長年研究成果を蓄積してきています。この分野に興味をもたれた方にはぜひ、千葉大学に学びに来てほしいですね。

● ● Off Topic ● ●

 

先生ご自身も、高齢者の方と直接関わっていらっしゃるのですか。

 
 

60歳以上の方向けの市民講座で講師を務めたり、インタビューをさせていただいたりしています。お話をうかがっていると、皆さんいきいきとご活動されていて、「高齢者」といっても非常に多様であることをあらためて感じます。

 
 

お忙しいと思いますが気分転換などはどうされているのですか?

 
 

ダンスを月に2回習っています。高校のときダンス部でしたが、大学院生のころからは高校のときとは別のダンスを習い始め、細く長く10年以上習っています。運動にもなるし、言語以外で表現できる手段があることがよい気分転換になっています。

 

インタビュー / 執筆

江口 絵理 / Eri EGUCHI

出版社で百科事典と書籍の編集に従事した後、2005年よりフリーランスのライターに。
人物インタビューなどの取材記事や、動物・自然に関する児童書を執筆。得意分野は研究者紹介記事。
科学が苦手だった文系出身というバックグラウンドを足がかりとして、サイエンスに縁遠い一般の方も興味を持って読めるような、科学の営みの面白さや研究者の人間的な魅力がにじみ出る記事を目指しています。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

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