#次世代を創る研究者たち

人生の最期まで「今が一番幸せ」と思える社会に~テクノロジーが拓く未来の看護  千葉大学 大学院看護学研究院 / フロンティア医工学センター 講師 雨宮 歩[ Ayumi AMEMIYA ]

2024.03.11

目次

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医療現場の課題をテクノロジーで鮮やかに解決する研究者。それが今回の主人公、看護学研究院の雨宮歩講師だ。「誰もが尊厳をもって最期まで生きられる社会」の実現に向けてデジタルトランスフォーメーション(DX)を看護の現場へ導入し、「未来の看護」を実践する。今まで「献身」というイメージであった看護への印象が大きく変わり、かかわる人全てがもっと幸せになれる看護理工学、そんな未来を感じられる研究について雨宮講師に伺った。

ボランティアで看護の奥深さに触れる

きっかけは、高校2年生で参加したボランティア。そこで看護観の原点となる言葉と出会う。

就職氷河期の影響で、景気に左右されず求人のある専門職、特に医療関係に興味を持ち看護ボランティアに参加しました。私の担当は着替えの介助。とにかく服を換えたらよいのだと全て自分で行っていた私に、看護師が「ひとりでお着替えが難しい患者さんですか?」と声をかけてきたのです。「患者さんの持っている力を見極めて、最大限に生かすのが看護の基本ですよ」と。日常動作であっても患者の機能を引き出すのが看護であると知った私はその奥深さに感銘を受け、看護学部へ進学しました。

根拠を明確に示すことのできる数値から新しい可能性をひらく

研究の楽しさに気づいたのは、学部の卒業研究の時でした。自身の留学経験から「来日留学生とストレスの関係」をテーマとしましたが、今思えばこの頃から実体験を元にしたデータ解析という研究手法を選んでいたような気がします。
看護学の研究では、被験者の気持ち(主観)を評価することが多いのですが、もともと数字が好きで、客観的なデータとして示したいと考えた私は、数値で回答するアンケートを作成しました。得られた数値を解析すると、ホームシックは他に比べて強いストレッサーであることなどが統計学的に明らかになったのです。好きな数学が看護と結びつき、新しい可能性がひらけた瞬間でした。

糖尿病患者のQOLに大きく寄与するフットケアを追究

大学院への進学を希望するが、まずは臨床経験を勧められ東京大学医学部附属病院に就職。さまざまな合併症を引き起こす糖尿病に興味を持った。

糖尿病は多くの合併症を引き起こしますが、きちんとケアをすると防げる合併症がたくさんあり、看護からできるアプローチがいろいろ考えられます。特に糖尿病患者さんに多く発症する足潰瘍は、一度できると治りにくく再発しやすい非常にやっかいな合併症で、気づかないうちに重症化して下肢切断に至るケースも少なくありません。そのために重要な対策は潰瘍発症予防であり、看護師によるフットケアが大きな役割を担っています。そこで業務と並行しながらフットケアと潰瘍予防について研究を開始しました*。まず看護師がフットケアに対してどのような認識を持っているかアンケートで調査し、直接的な要因となることは何かを考えました。

*東京大学医学部附属病院には業務の一部として実施する院内研究制度があり、大学院の教員のサポートを得ることができる

当時最年少で東大病院ベストスタッフ賞を受賞するほど奮闘した現場を離れ、研究の世界へ。

臨床での学びが積み上がるにつれ、得た知見を元に現場での課題を解決したいと研究への意欲が高まりました。タイミング良く院内研究を指導していただいた先生の研究室に、社会人7年目で大学院進学を果たすことができました。研究室には看護だけでなく工学、理学の先生方も在籍されていて、看護の視点から理工学や「ものづくり」を学べる恵まれた環境だったのです。実学的な研究が盛んで、「現場で本当に使える研究がしたい」と考えていた私には最適な研究室でした。

歩行センサーで患者の足を科学的に分析

大学院では潰瘍の前段階である胼胝たこの形成要因についてさらに研究を深め、歩行の国際トップジャーナルに掲載される。

糖尿病の方の足裏に胼胝たこができると潰瘍になる確率は10倍以上も高まります。胼胝たこや潰瘍の発生要因は歩行中に足にかかる「圧力」と「ズレ」(前後左右の動き)と言われており、圧力は計測されていましたが、ズレは実際にはほとんど計測されていませんでした。
そこで圧力とズレの同時測定を試みました。ズレを足の部位ごとに靴中で測定できる薄型センサーはほとんどなく、計測システムの開発から始めなければなりませんでした。

時間とコストも限られた中で結果を出すために、市販のセンサーを組み合わせる方法を選びました。自作計測システムを糖尿病患者さんにつけてもらい、歩行時の足にかかる力を測定して解析したところ、胼胝たこができやすい靴や歩き方の条件を導き出せたのです。胼胝たこができる部位によって原因が異なる点も興味深い発見でした。
例えば、膝を曲げる角度が小さいと脚で蹴り出す動作が小さくなってしまい、足の親指の付け根あたりに大きな圧力とズレがかかり胼胝たこができやすくなるということが明らかになりました。そのため、蹴り出しやすいように船底型のソールを持つ靴が潰瘍予防を望む方に適していると提案しました。

患者と医療者双方の尊厳を守るセンサー技術

博士号の取得後、千葉大学の助教に。看護現場の大きな負担原因である「自己抜去」を防止するセンサー開発へと乗り出す。そこにも自身の経験があった。

入院した祖母のお見舞いに行くと、身体拘束をされていました。まだ認知症と診断されていなかったのですが、点滴を抜いてしまうかもしれないからという理由で……。勤務していた大学病院では、最後の手段として最低限の時間のみ身体拘束をしていたので、この状況で身体拘束をすることに驚きました。スタッフを配置できる人数が限られ、看護師以外の方が主に患者ケアを担っている市中病院では、点滴チューブを抜去してもすぐに処置ができないことも多いのです。そのため、身体拘束は「仕方がないもの」として認識されがちです。一方で、身体拘束によって認知症がさらに進行し、より多くの介護を要する悪循環も報告されています。スタッフも自分の仕事に誇りや自信が持てなくなり、仕事へのやりがいは低下します。身体拘束は、される側はもちろん、する側の尊厳も傷つけるのです。

このような現状を見て、どうにか拘束を減らせないかと問題意識が芽生えました。その結果、身体拘束における理由の7割以上を占める点滴の自己抜去に注目し、点滴の針が刺さっている周囲に手が触れると感知する、薄いシート型センサーシステムを開発しました。異物感や皮膚障害を起こしにくい点にも配慮した、包帯の上から貼れるセンサーです。2024年3月より臨床試験を開始し、効果が実証されれば企業と連携して実用化される予定です。

介護の未来を変える「ポイントオブケアAI」

身体拘束や見守り巡回で疲弊していた現場と患者を、シンプルなセンサーが救う。これこそまさに看護現場でのDXだ。しかし、祖母の看護で心残りだったことがもうひとつあるという。

祖母はずっと「家に帰りたい」と言っていましたが、認知症を持つ祖母が一人で暮らすのは難しく、施設に入所せざるをえませんでした。もっと早くに認知機能低下を見つけて対応ができていれば、と、今でもそのことが小さなトゲのように心に残っています。認知症は軽度認知障害(MCI)と呼ばれる早期に発見し、適切に介入すれば進行スピードを抑えられることが明らかになってきました。それが可能なら、施設や病院ではなく自宅で過ごせる方が増えるかもしれません。

スマートフォンとウェアラブル端末をMCIの検出に使えないか――大型プロジェクト「ポイントオブケアAI」の幕開けだ。

認知症の傾向を早期発見できる生体センシングとシステム開発「ポイントオブケアAI」の研究をスタートしました。日常生活で得られるデータを市販のスマートウォッチとアプリで収集して生活の中で認知機能の低下を検出し、予防行動を促すしくみです。
この研究は、認知機能低下リスクだけでなく、介護する側の疲労データも同時に取得する点がユニークです。認知症患者自身はまだ自宅に居られる状態なのに、介護者が限界で施設に入らざるを得ないケースも多いのです。まずは健常者で狙ったデータが取得できるか 検証を進めています。

介護は世界の共通課題です。このシステムが普及して、認知症予備軍だけでなく介護を担う方のサポート環境も整えられたら、介護する人もされる人も、今よりもっと幸せな日常を送れるのではないでしょうか。私が研究を通して目指すのは、人生の最期まで「今が一番幸せ」と感じられる社会です。

看護×ものづくりで拓く未来の看護

「新しい看護」を開拓する姿勢が高く評価され、2023年度千葉大学先進学術賞を受賞。「アイデアはまだまだある」と彼女は破顔する。

認知症における徘徊をバーチャルの世界で解決できないかな、と思っています。認知症以外にも、外に出ることが身体的・精神的に難しい方も含めて、みんなが落ち着ける環境をデジタル空間に作ってみたいです。 看護学だけでは解決できない問題であっても、他の分野と協働することで新しいソリューションが生まれる看護理工学はまさにこれからの分野です。学生の方には、楽しい、やりたいと思うことをどんどん探して、突き進んでほしいです。始めるハードルをできるだけ低くして、とにかく一歩を踏み出してみてほしい。想像以上の学びが得られますし、アイデア次第で医療が大きく変わるかもしれません。「こんな社会にしたい」を「看護✕ものづくり」で実現してみませんか。

 

ものづくりする看護師さんって、めずらしいですよね

 
 

私の研究室では看護師みんなで試行錯誤しながら、ものづくりしています!

 
 

回路とか、難しそう。どうやって作ったのですか?

 
 

秋葉原へ行ってお店の人に聞いたりして、基盤やケーブルなどパーツを買ってきて組み立てました。

 

インタビュー / 執筆

安藤 鞠 / Mari ANDO

大阪大学大学院工学研究科卒(工学修士)。
約20年にわたり創薬シーズ探索から環境DNA調査、がんの疫学解析まで幅広く従事。その経験を生かして2018年よりライター活動スタート。得意分野はサイエンス&メディカル(特に生化学、環境、創薬分野)。ていねいな事前リサーチ、インタビュイーが安心して話せる雰囲気作り、そして専門的な内容を読者が読みやすい表現に「翻訳」することを大切にしています。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

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