大気中の成分変化が示したコロナ禍の「自主的な行動制限」―リモートセンシングで分かる日本特有の行動変化―

2022.10.04

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千葉大学環境リモートセンシング研究センターの入江仁士 准教授らの研究グループは、新型コロナウイルスの感染拡大が急速に進行した2020年に焦点を当て、地上や衛星などから得られた日本の首都圏の大気データを統合して解析し、二酸化窒素(NO2)、ブラックカーボンなどの光吸収性エアロゾル注1)、ホルムアルデヒド(HCHO)の大気中濃度のウィークエンド効果(週末と平日の濃度差をもたらす効果)が例年に比べて顕著に増大していたことを明らかにしました。これは他国とは異なり、日本の人流が週末に特に減少したことと相関していました。このことから、新型コロナウイルス感染拡大を抑えるための自主的な行動制限の結果、大気微量成分の濃度に日本特有の変化が生じたものと考えられます。

本研究成果は、2022年9月29日に欧州地球科学連合(EGU)の英文電子ジャーナルAtmospheric Chemistry and Physics (ACP)に掲載されました。

■ 研究の背景

新型コロナウイルスの感染拡大が急速に進行した2020年に、世界各地の都市がロックダウンされました。それに伴って自動車や産業活動による大気汚染物質の排出が抑制された結果、二酸化窒素(NO2)などの大気中濃度が例年より著しく低下したことが多くの研究で示されてきました。このように、新型コロナウイルス問題は、人間の健康や地球環境に及ぼす人間活動の影響を評価する特異な機会としても重要視されています。

地表付近ではNO2は数時間で消失するので発生源近傍で高濃度を示します。そのため、NO2は人為的な排出源を示す優れたマーカーであり、その長期連続観測は大気汚染対策の効果検証や経済不況の影響評価などに利用されています。また、人間活動との関連から、自動車や産業活動などから排出される人為的なNO2の濃度はしばしば週内で特徴的な変動を示します。このようにして週末と平日の濃度差をもたらす効果はウィークエンド効果と呼ばれます。多くの世界の都市では、人為的な窒素酸化物排出量の減少のため、NO2のウィークエンド効果が近年小さくなっていることが報告されています。このような長期的なトレンドの中で、新型コロナウイルスが発生しました。

■ 研究の成果

本研究ではまず、新型コロナウイルスの影響を強く受けた世界のいくつかの大都市について、Googleモビリティ(公共の駅で乗り換えた人数)データを調べ、新型コロナウイルス発生前と比較しました。その結果、国によってタイミングは異なりますが、ロックダウンに伴って、モビリティが大幅に減少しました(図1)。他方、日本ではロックダウンという方法は採られなかったため、モビリティの変化は他国と比較して小さく緩やかでしたが、日本でも感染が拡大するとモビリティは低下したままとなりました(図1)。そういった中、週内の変化の特徴を詳細に調べたところ、日本は週末のモビリティが平日よりも10%程度減少していることが分かりました(図1)。ほとんどの国では週末のモビリティは平日とほぼ同じであり、世界的に見ても日本は特異な傾向を示しました。

次に、研究チームは千葉大学西千葉キャンパスで連続稼働させている多軸差分吸収分光法装置(MAX-DOAS)注2)のデータを解析したところ、2020年1年間では大気境界層注3)中のNO2濃度が2019年に比べて約10%減少したことが分かりました。衛星データも解析したところ、緊急事態宣言下の東京では対流圏カラム濃度注4)が40%を超える減少を示したことも分かりました(データ未表示)。

続いて、ウイークエンド効果を計算したところ、NO2のウィークエンド効果が2020年に有意に大きくなったことを、衛星データと千葉でのMAX-DOASによる観測データの両方が示すことが分かりました(図2、図3)。このことを確かめるために同様の解析を、MAX-DOASによる観測から同時に得られたホルムアルデヒドの濃度データについても行ったところ、ホルムアルデヒドのウイークエンド効果も整合して大きくなっていたことが分かりました(図3中段)。

MAX-DOASと同時に千葉大学内で稼働しているスカイラジオメーター注5)などのリモートセンシング機器やブラックカーボンモニター注6)などのサンプリング機器のデータも組み合わせて解析したところ、人為的な排出源から発生する光吸収性エアロゾルであるブラックカーボンの重量濃度、および、光吸収性エアロゾルの光学的深さ注7)(fAAOD)のデータも日曜日に値が小さくなり、ウイークエンド効果の増大を示したことが分かりました(図3下段)。

上記の大気微量成分の変化は、近年稀であり、他国と違って異常なほど減少した日本の週末のモビリティと同期していました。このように、日本では厳しい法的規制がとられなかったにもかかわらず、感染拡大を抑えるための自主規制が強く働き習慣が変化した結果、日本特有の大気微量成分の変化を生じさせたと解釈されました。

■ 今後の展望

本研究の結果から、新型コロナウイルス問題によって日本では特有な大気中の微量成分の変化をもたらしたことが分かりました。今後、大気汚染対策の効果だけでなく、新型コロナウイルス問題の感染状況の変化や経済状況の変化によって、大気中の微量成分の変化は敏感に反応することが予期されます。このような観点から、引き続きリモートセンシングによる観測とデータ解析を継続して、人間の健康や地球環境に及ぼす人間活動の影響を評価し、より効果的な環境対策への貢献を目指します。

■用語解説

注1)光吸収性エアロゾル:大気中に浮遊する微粒子(エアロゾル)のうち、光を効率よく吸収するエアロゾルを光吸収性エアロゾルと呼ぶ。

注2) MAX-DOAS:Multi-Axis Differential Optical Absorption Spectroscopyの略。マックスドアズ。NO2等の⼤気汚染物質の⼤気中カラム濃度と鉛直分布データを得るための地上設置型のリモートセンシング装置またはその技術。

注3)大気境界層:地球の大気の層の一つである対流圏のうち、流体としての大気が地表面の影響を受ける高度の層をいう。地表面の影響をほとんど受けない自由対流圏と区別される。大気境界層内では自由対流圏に比べ人間活動などの地表の影響が顕在化する。

注4)対流圏カラム濃度:単位面積の底面を持った鉛直の気柱(カラム)の中に含まれる気体分子の個数を鉛直カラム濃度と呼ぶ。そのうち、地表から対流圏界面(中緯度では高度約12 km)までの鉛直カラム濃度を対流圏カラム濃度と呼ぶ。

注5) スカイラジオメーター:分光放射計の一種。直達光強度および天空輝度分布を測定するリモートセンシング装置またはその技術。太陽直達光の減衰や天空輝度分布からエアロゾルの光学特性を逆推定することができる。

注6) ブラックカーボンモニター:東京大学で開発された高精度のブラックカーボン連続測定装置。大気中のブラックカーボンを熱抽出して連続的にフィルタ上に捕集し、光吸収量の変化をフォトダイオードで検出し、濃度を測定する。

注7) エアロゾル光学的深さ:大気中のエアロゾルによる光の強度の減衰を決める量のことをエアロゾル光学的深さ、あるいは、エアロゾル光学的厚さという。減衰する要素としては光吸収と光散乱に分けられる。光吸収性エアロゾルによる減衰については、特に、光吸収性エアロゾル光学的深さ(あるいは光学的厚さ)といい、深いほど地球温暖化を助長する効果を示す。

■研究プロジェクトについて

本研究は、環境再生保全機構の環境研究総合推進費、日本学術振興会の科学研究費助成事業、宇宙航空研究開発機構の地球観測研究公募の支援を受けて遂行されました。

■論文情報

論文タイトル:Peculiar COVID-19 effects in the Greater Tokyo Area revealed by spatiotemporal variabilities of tropospheric gases and light-absorbing aerosols

掲載誌:Atmospheric Chemistry and Physics (ACP)

著者:Alessandro Damiani, Hitoshi Irie, Dmitry A. Belikov, Shuei Kaizuka, Hossain Mohammed Syedul Hoque, Raul R. Cordero

DOIhttps://doi.org/10.5194/acp-22-12705-2022

■関連ニュースリリース

・大気汚染対策と温暖化対策のコベネフィットに向けた窒素酸化物(NOx)濃度分布の新知見ー大気リモートセンシング・地上観測網・大気環境モデリングの融合研究により実現ー
https://www.chiba-u.ac.jp/others/topics/info/nox.html
掲載日:2022/03/24


・世界初の技術で大気境界層のオゾンとその前駆気体を同時にリモートセンシング 国内の大気汚染対策に新たな観測事実
https://www.chiba-u.ac.jp/others/topics/info/post_979.html

掲載日:2021/05/13

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