前立腺がんの骨転移を悪化させる仕組みを解明 ~破骨細胞からの“メッセージ”が鍵に~

2025.07.16

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 千葉大学大学院医学研究院の田村貴明助教、坂本信一准教授、市川智彦教授(当時)は、東京医科大学医学総合研究所の落谷孝広特任教授、吉岡祐亮講師らの研究グループと共同で、骨に転移した前立腺がんが悪性化し、破骨細胞由来の細胞外小胞(Extracellular vesicles: EVs)(注1)が腫瘍進展を加速させることを世界で初めて明らかにし、破骨細胞由来EVsが腫瘍浸潤(周囲の組織に広がること)に先立つ炎症性骨破壊を引き起こすメカニズムの一端を示しました。本研究成果は今後、前立腺がんの骨転移で悪性化した破骨細胞由来EVsを標的とした新規治療法の開発につながる可能性があります。
 本研究結果は、2025年6月23日に、国際学術誌Journal of Extracellular Vesiclesに掲載されました。

【本研究のポイント(図1)】
・   前立腺がんの骨転移は主として造骨性骨転移(注2)を呈しますが、骨に転移して新たにできた病変部(骨転移巣)の中でも、細胞が最も広がっている部分においては、骨を破壊する「破骨細胞」が異常に活性化していました。
・   前立腺がん細胞によって「教育」された破骨細胞は、炎症を引き起こす物質IL-1βに関わる遺伝子の働きが活発になっており、正常な状態とは異なる悪性形質を獲得していることがわかりました。
・   この悪性化した破骨細胞由来のEVsには、骨を壊す細胞をさらに活性化し、逆に骨を作る「骨芽細胞」の働きを抑制するマイクロRNAが豊富に含まれていました。
・   前立腺がん骨転移マウスモデルにおいて、悪性破骨細胞由来EVsに特異的なマイクロRNAを投与すると、腫瘍進展が加速し異常な骨破壊が認められました。

図1. 悪性化破骨細胞由来のEVsによる炎症性骨破壊と腫瘍進展メカニズム 骨では骨芽細胞系と破骨細胞系の間でのEVsのやり取りによって骨代謝が調整されている。がんが進んでいる部分において前立腺がん細胞は破骨細胞を教育しつつEVsを介して骨破壊を効率的に促進する。教育された悪性破骨細胞ではIL-1βの発現と分泌が増加しており、さらにそのEVsはIL-1βの関わる炎症性骨破壊を引き起こすマイクロRNAを豊富に含んでいた。

■研究の背景 
 前立腺がんは男性において世界で最も罹患者数の多いがんです(参考文献1)。前立腺がんは比較的予後の見込めるがん腫として知られていますが、骨転移を一度引き起こすと予後不良となることが知られています。また、骨転移は骨をむしばんでいく過程で骨痛を引き起こし、病的骨折や高カルシウム血症をもたらして患者の生活の質を著しく損なうため、骨転移進展の抑制は非常に重要です。前立腺がんは造骨性骨転移という特異な転移様式を呈するにも関わらず、破骨細胞が担う溶骨性の変化もまた異常に活性化していることが知られていました(参考文献2)。
 EVsは、タンパク質やmRNA、マイクロRNAなどの機能性分子が含まれており、細胞間で受け渡されるメッセンジャーとしての役割を担っています。われわれの生体内では、EVsを介して多くの生理現象が制御されており、EVsが様々な恒常性の維持に関与することが知られています。一方で、以前からがん細胞が分泌するEVsは転移先臓器の組織において、がん細胞の生存に有利な環境を作りだすことが知られており、EVsを標的とした治療用製剤の開発が盛んに行われています。
 今回の研究では、前立腺がんの骨転移巣において破骨細胞には何らかの性質の変化が起こっており、このがん細胞に教育された破骨細胞が分泌するEVsが腫瘍進展のになっていると仮説を立て、悪性化した破骨細胞由来のEVsが骨転移の進展にどのような役割を持っているのかを探索しました。

■研究の成果
 まず骨転移モデルマウスの病理切片を観察すると前立腺がんの骨転移巣の中でもがん細胞が最も広がっている部分において、破骨細胞が異常に活性化していました。次に共培養系を用いて前立腺がん細胞の存在下で破骨細胞を培養したところ、この破骨細胞はIL-1βの関連遺伝子が上昇しており、破骨細胞の働きを抑え、骨の状態を改善・維持する薬に対して抵抗性をもつことを見出しました。この悪性化した破骨細胞由来のEVsの役割を探索するためにEVsの添加実験を行うと、破骨細胞活性は促進され、骨芽細胞活性は抑制されました。EVsに含まれるマイクロRNAを網羅的に調べてみると、実際に破骨細胞の活性を促進するmiR-5112や、骨芽細胞の活性を抑制するmiR-1963といったマイクロRNAが豊富に含まれていることが明らかになりました。さらにこれらのマイクロRNAがIL-1βの関連遺伝子を標的として変化をもたらすことも見出しました。加えてマイクロRNAを骨転移モデルマウスに投与すると腫瘍進展が加速し、異常な骨破壊が引き起こされました(図2)。

図2.  (A,B) 前立腺がん骨転移モデルマウスにおいて悪性破骨細胞由来EVsに特異的なマイクロRNAを添加した群(実験群)では腫瘍進展が加速した。(C)3D-CTを撮像すると、実験群では異常な骨破壊が起こっていた。

■今後の展望
 本研究は、前立腺がん細胞の存在下における破骨細胞由来のEVsの役割を調べた世界初の研究です。この成果により、EVsが関わる前立腺がんの骨転移進展メカニズムの一端を示すことができました。今後は、これらの知見を活かして、悪性化した破骨細胞や由来EVsを標的とした新規治療法の開発を行います。

■研究プロジェクトについて
本研究は、以下の支援を受けて実施されました。
・日本医療研究開発機構(AMED) 次世代がん医療創生研究事業(JP21cm0106402)
・日本骨代謝学会 若手研究者助成

■用語解説
注1)細胞外小胞(Extracellular vesicles: EVs):あらゆる細胞が分泌する脂質二重膜構造を有するナノメーターサイズの微粒子。
注2)造骨性骨転移:骨組織の造成が優位となる骨転移形式のこと。骨代謝のバランスが崩れ、骨を造る働きをする骨芽細胞の活性が相対的に過剰になっているとされる。骨を吸収する働きをする破骨細胞の活性が相対的に過剰になっている溶骨性転移と相対する概念。

■論文情報
タイトル:Extracellular vesicles from prostate cancer-corrupted osteoclasts drive a chain reaction of inflammatory osteolysis and tumor progression at the bone metastatic site.
著者:Takaaki Tamura, Tomofumi Yamamoto, Akiko Kogure, Yusuke Yoshioka, Yusuke Yamamoto, Shinichi Sakamoto, Tomohiko Ichikawa and Takahiro Ochiya
雑誌名:Journal of extracellular vesicles(JEV)
DOI: 10.1002/jev2.70091

■参考文献
1)タイトル:Cancer statistics, 2024. (Erratum in: CA Cancer J Clin. 2024 Mar-Apr;74(2):203. doi: 10.3322/caac.21830. PMID: 38230766.)
雑誌名:CA: A Cancer Journal for Clinicians 
DOI: 10.3322/caac.21820.

2)タイトル:Clinical Course of Bone Metastasis from Prostatic Cancer Following Endocrine Therapy: Examination with Bone X-Ray.
雑誌名:Advances in Experimental Medicine and Biology  
DOI:10.1007/978-1-4615-3398-6_29.

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