千葉大学 国際高等研究基幹の矢貝史樹 教授、東京科学大学の河野正規 教授、自然科学研究機構 生命創成探究センターのクリスチアン・ガンサー 特任助教を中心とするパリ=サクレー大学、理化学研究所、名古屋大学の共同研究チームは、光に反応して形や色が変化する分子「フォトクロミック分子」が自己集合して作られるシート状の構造「二次元ナノシート」に強度を変えて光を照射すると、細いひも状の一次元ナノファイバーや、積み重なった厚い塊である三次元ナノクリスタルなど、全く異なる構造に変化することを発見しました。さらに、この構造変化の様子を、高速原子間力顕微鏡(高速AFM)(注1)を用いてリアルタイムで観察することで、詳細なメカニズムの解明に成功しました。本研究成果は、生体分子のように外部環境の変化に柔軟に適応して形態を変えることのできる、次世代機能性材料の開発に繋がることが期待されます。
本研究成果は、Cell Press 社が発行するChemのオンライン版に2025年11月18日(日本時間)に掲載されました。
■研究の背景
私たちの体の中で働く生体分子は、周囲の環境とエネルギーを絶えずやり取りすることで、熱力学的に安定した「平衡状態」(注2)から外れた「非平衡状態」(注3)で機能しており、これが外部環境の変化に対する高い適応性や生命維持を支えています。こうした仕組みに着想を得て、近年では人工分子からなる機能性材料においても非平衡状態を作り出そうとする研究が盛んに行われています。数あるエネルギー源の中でも「光」は材料を傷つけず、また、狙った場所に狙ったタイミングでエネルギーを与えられるため、特に注目されています。これまで、構成分子にフォトクロミック分子と呼ばれる光で形や色が変化する分子骨格を組み込むことで、平衡・非平衡の二状態間を切り替える研究は数多く報告されてきました。しかし、その「強度」に注目し、光の強弱によって全く異なる応答を引き出そうとした研究はほとんど行われていませんでした。
■研究の成果
研究チームは、フォトクロミック分子の構造変化(光異性化(注4))と、分子集合体の構造多様性(超分子多形(注5))を組み合わせることで、照射する光の強度によって異なる次元性を持つ3種類の集合構造(一次元ナノファイバー、二次元ナノシート、および三次元ナノクリスタル)を作り分けることに成功しました(図1)。

研究チームはこれまで、多彩な超分子多形を示す自己集合性分子を開発してきました(参考文献1)。今回、新たに紫外光に応答して折れ曲がる「アゾベンゼン」フォトクロミック分子を組み込んだ自己集合性分子1を設計・合成しました(図1上)。
この分子1を有機溶媒に溶かすと、エネルギー的に最も安定な二次元ナノシートを形成しました。このナノシートに強い紫外光(λ= 365 nm、1.5 mW/cm2)を照射すると、自己集合能力が低いシス体が光異性化により約20%生成し、一度バラバラの分子へと分解した後に再び集合することで、一次元ナノファイバーへと変化しました。一方、弱い紫外光(0.084 mW/cm2)を照射すると、シス体の割合が約7%に抑えられることでナノシートの分解と成長が拮抗し、三次元ナノクリスタルへと変化しました(図1下)。
光による構造変化のメカニズムを詳しく調べるために、研究チームはナノレベルの構造変化を高速で捉えることができる高速AFMを利用しました。強い紫外光を照射すると、「二次元ナノシート → 一次元ナノファイバー」への変化が、ナノシートの特定の辺から選択的に進行する様子が観察されました(動画1および図2左、© 2025 Tamaki et al. / Chem (Cell Press) 掲載論文より引用)。さらに分子1の単結晶構造解析にも成功し、結晶構造とナノシートを比較することで、アゾベンゼン部位が露出していて光異性化の影響を強く受けやすい辺から分子が構造変化するというメカニズムを明らかにしました。一方、弱い紫外光照射では、「二次元ナノシート → 三次元ナノクリスタル」への変化が起こるナノシートと、消滅するナノシートの両方が観察され、「”光誘起”オストワルド熟成(注6)」が進行することが明らかになりました(動画2および図2右、© 2025 Tamaki et al. / Chem (Cell Press) 掲載論文より引用)。

このように、本研究では「アゾベンゼンの光異性化」と「超分子多形」を組み合わせることで、光強度によって異なる次元性を有する非平衡状態を構築できることを実証し、その詳細なメカニズムの解明に成功しました。
■今後の展望
本研究によって、これまで2状態の材料形態の切り替えにしか利用されてこなかった光について、その「強度」を調節することで、新たな複数の非平衡状態を創出できることが初めて示されました。エネルギーの投入量に応じて分子集合体のふるまいが変化するという基本原理は、微小管の動的不安定性やアクチンフィラメントの重合/脱重合など、生体内では普遍的に見られる現象です。こうした仕組みを人工的に再現することは、生体分子のように環境変化に柔軟に適応する高度な機能性材料を実現するうえで欠かせません。現在、今回得られた異なる次元性をもつ3種類の分子集合体について、それぞれの構造的特徴と物性・機能との相関を調査しています。今後、本手法の発展により、光を利用してさまざまな有機材料の次元制御を実現する新たな技術の開発が期待できます。
■用語解説
注1)高速AFM:探針で試料の表面を走査し、探針と表面との間に働く力を測定して表面構造を原子スケールの高分解能で観察することができる特殊な顕微鏡(原子間力顕微鏡:AFM)の一種。溶液中で動いている物質をナノメートルの空間分解能とサブ秒という時間分解能で観察することができる。
注2)平衡状態:熱力学的に安定しており、外部からエネルギーが供給されなくても、最も低いエネルギーで落ち着いている状態。この状態では、系の構造(形、次元、結合パターン)や組成は時間が経っても変化しない。
注3)非平衡状態:平衡状態に達していない不安定で動的な状態。時間の経過とともに平衡状態に変化していくが、光や化学燃料など外部からのエネルギー入力を得ることで、非平衡状態を維持することができる。
注4)光異性化:分子が特定の波長の光を吸収することで、構造が異なる形へと変化する現象。本研究で用いたアゾベンゼンの場合、平面性の高いトランス体と折れ曲がったシス体の間を紫外線や可視光で可逆的に変換できる。
注5)超分子多形:調製条件などによって、同一分子が異なる集合構造(多形)を形成する現象。同一の分子であっても、構造の違いによって全く異なる機能や物性を示すことがある。
注6)オストワルド熟成:古典的な結晶成長メカニズムの一つ。不安定な構造や秩序性の低い部分が分解し、より安定で秩序性の高い結晶の成長に利用されるプロセス。
■参考文献1
タイトル:Nanoengineering of Curved Supramolecular Polymers: Toward Single-Chain Mesoscale Materials
雑誌名:Accounts of Materials Research
DOI: 10.1021/accountsmr.1c00241
■研究プロジェクトについて
本研究は、以下の支援によって行われました。
・科学研究費助成事業(JP22H00331, JP23H04873, JP23H04874, JP23H04878, JP22KJ0486)
・大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 フォトンファクトリー共同利用実験課題(Proposal No. 2022G537, 2022G621, 2024G528)
・大型放射光施設SPring-8(Proposal No. 20220021, 20240027)
■論文情報
タイトル:Light-intensity-dependent out-of-equilibrium processes toward dimensionally distinct nanopolymorphs
著者:玉木健太, 花山博紀, Sougata Datta, Fabien Silly, 和田雄貴, 橋爪大輔, 足立精宏, 内橋貴之, 河野 正規, Christian Ganser, 矢貝史樹
掲載誌:Chem (Cell Press)
DOI:10.1016/j.chempr.2025.102818







