老いを支える #4

世界一幸せな国 福祉国家フィンランドで育まれてきた「老いのかたち」~群島地方の高齢者ケアを見つめて

#高齢社会#老化
2026.03.16

目次

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国際連合らによる「世界幸福度報告書」にて、8年連続で1位を獲得している福祉国家・フィンランド。西南部の島々(群島地方)では、高齢者の介護制度は、風土や暮らし方、そして自立を重視する生活観が重なり合い、形づくられている。同地域で25年以上にわたりフィールドワークを続けている大学院人文科学研究院の髙橋絵里香教授は、群島に暮らす人々の生活に身を置きながら、制度や社会と老い方の関係を、取りこぼさないように見つめてきた。

フィンランドの「群島地方」で高齢者の暮らしを調べる

――先生のご研究分野について教えてください。

高齢者の暮らしを多面的に調査しています。現在は、フィンランド西南部の群島地方をフィールドに、訪問介護サービスを中心とした高齢者ケアと、それらに影響を及ぼす地域特性や家族のかたち、地縁的な組織、インフラ等との関わりを拾いあげています。

――フィンランドを選ばれた理由と、首都ヘルシンキのような都会ではなく、あえて群島地方に軸足を置かれた理由とは?

フィンランドが社会民主主義に基づく福祉国家として知られていたこと、そしてロシアの一部であった時期もあるなど、他の北欧諸国にはない特徴がありそうだと感じて選択しました。群島地方での調査を始めたのは、隣国の言語であるスウェーデン語を話すマイノリティの人びとが多く暮らしていることに興味を持ったのがきっかけです。スウェーデン語でケアを受ける権利をどのように守るかについても調査しています。

群島地方〜街の中心部

「自立」を前提に設計された高齢者ケア

――フィンランドの高齢者を取り巻く社会には、どのような特徴がありますか?

フィンランドでは一人世帯が全世帯の約4割を占め、75歳以上の独居率は約6割に達します。この自立とは、「誰の手も借りない」ということではありません。自分の生活を自分で維持することを優先しつつ、難しくなった時には行政のサポートを受けることを主体的に選択するのが理想です。高齢者の多くは日常生活動作(ADL)*の程度に合わせて、郊外の一軒家から、利便性のいい町の中心部の高層住宅へと転居します。こうした生活スタイルが社会的に広く共有されています。

日常生活動作(ADL)*:食事・着替え・入浴・排泄・移動など、毎日の生活に必要な基本的な動作がどの程度自分でできるかをみる指標。主に介護やリハビリの場面で、自立度を判断するために使われる。

フィンランドの一般的な退職後のライフコース: 左から郊外の一軒家→市街の高層住宅→サービス付き住宅→介護施設(病院の一部) 

――老いに応じて住む場所を変える。これは群島地方の人々にも当てはまるのですか。

はい。なぜなら一軒家でひとり暮らしをつづけるためには、自分が移動するための能力と環境を維持しなくてはならないからです。例えば、田園地帯では郵便物は集合ポストに集められ、自宅までは届けてくれません。そのため、雪が降れば住民は自分で雪かきをするか人を手配して道を整え、集合ポストまで郵便物を取りに行かねばなりません。人に頼むのだって、高齢になるとなかなか難しいですよね。また、自宅にも訪問介護は来てくれますが、重点的対象は市街の高層住宅もしくはサービス付き住宅です。そのため、公的な訪問介護サービスを必要とする時期までには、訪問介護の利用がしやすい市街の高層住宅やサービス付き住宅へ転居する方が多いのです。

冬の群島地方の風景
集合ポスト

「幸福度No.1」フィンランドにもある課題

――フィンランドは「幸福度No.1」の福祉国家として有名ですが、やはり課題もあるのですか。

はい、実際には財政難、ケアワーカーの不足などが社会問題になっています。そこで自治体を広域化した福祉サービス郡というものが導入され、さらにICT技術を活用することでケアワークを効率化する試みが進められています。
しかし、例えば訪問介護の滞在時間やケアワーカーの移動時間を最適化しようとしても、雪で車が立ち往生したり、利用者の体調や気分が急変したりと正確には予測できません。ケアワーカーの臨機応変な対応が群島地方の高齢者ケアを支えてきましたが、徐々に余裕がなくなりつつあり、今後どうなるのかは不透明です。

―― ケアワーカーの不足に対する解決策はあるのでしょうか。

政府が「親族介護支援」を推進し始めました。ここでの親族とは血縁関係は必要なく、隣人や友人であっても「親族介護者」として認定され得る、という点がユニークです。金銭的な支援(給与)と、レスパイトケア(休暇)がセットで提示され、ケアワーカーのような立場で介護に携わることが期待されます。

介護離職が問題となっている日本から見ると、家族の介護でも報酬が支払われるすばらしい制度のように思えますが、親族介護は、家事と介護の線引きの難しさが課題となっています。 例えば、食事の用意は家族としての振る舞いなのか、それとも報酬が発生する介護なのか。食事を作るだけなら介護ではないように思えますが、辺ぴな場所に一人暮らししている高齢者について、近所の人がわざわざ訪問している場合は? 地域間の格差と絡む、難しい問題です。

訪問介護利用者に薬を渡すケアワーカー
冬の風景(一軒家でも訪問介護は受けられる)

―― フィンランドの制度を日本にも導入すればよい、という単純なものではなさそうですね。

そうですね。なぜなら、何が望ましい暮らしであるのか、といった価値観、そして家族をはじめとする人びとの繋がり方が日本とフィンランドでは大きく異なるからです。 制度だけが独立しているのではなく、制度の作り手もその土地で暮らしてきた人間です。そこには「人はどう生きるべきか」、「家族とは何か」、「介護はどうあるべきか」という文化的な理解が深く埋め込まれています。

――日本にも土地に根ざした福祉システムを醸成するには、どうすればよいでしょうか。

先ほど述べたように、フィンランドの福祉制度は「自立」を前提に設計され、家族に頼らずとも生きていけるよう公助が発達しました。 対して今の日本は、公的な制度が揺らぎ正解が見えない状態です。けれど、最近「終活」という言葉が流行しているように、「自分の老後は自分でデザインしなくてはいけない」という個人へのプレッシャーが非常に強いと感じています。

フィンランドの事例から学ぶべきは、制度の形そのものではありません。 長い時間をかけて「自分たちはどう生きたいのか」という価値観を育んできたプロセスに着目することの重要性です。私たちは、誰とどのように老いていきたいのか。それは社会福祉制度の外側にあると考えられている、様々な要因とどう結びついているのか。そうした振り返りの思考が、より良い介護福祉システムを構築する第一歩ではないでしょうか。

あいまいさを引き受ける文化人類学

―― 長年にわたるフィールドワークで、髙橋先生が大切にされてきたことを教えてください。

参与観察*を行う際は、あるがままの日常に寄り添うことを大切にしています。例えば調査を始めた当初は、掃除などのボランティアという形でデイサービスセンターに通いました。こちらの都合だけで急いでデータを取るのではなく、相手の都合を優先し、調査できるタイミングを根気よく待つ。もし思うように進まなくても、また来れば良いと考え、無理はしません。それが、調査相手に対する誠実さだと考えています。

*参与観察:研究者が調査対象となる集団や地域社会の中に参加し、長期にわたって生活をともにしながら行動や文化を観察し、情報を収集する調査手法。

著書『老いを歩む人びと』、 『ひとりで暮らす、ひとりを支える』 

―― じっくりと腰を据えて向き合う学問ですね。文化人類学を学ぼうと考えている方に向けて、その魅力を教えてください。

理系・文系を問わず、多くの科学的アプローチでは、複雑な現象から特定の要因(変数)だけを取り出し、ノイズを削ぎ落として再現性のある結論を導き出そうとします。しかし、文化人類学は変数を減らさない学問です。
関連する事象をすべて調べようとするため、研究対象がどんどん広がっていきます。すると、単純明快な結論は出ません。非常にまどろっこしく、イライラするかもしれません。しかし、このあいまいで割り切れない状態こそが、リアルな人間生活そのものではないでしょうか。

―― 近ごろよく聞かれるようになった「ネガティブ・ケイパビリティ*」に通じますね。あいまいさに耐えるのは、時間効率(タイパ)を追い求める現代と対照的です。

どの国にも良い面と悪い面があり、それらが複雑に絡み合って制度や文化を作っています。すぐに単純化しようとせず、複雑さを複雑なまま受け止め、他の学問では切り捨てられる「その社会で生きる人々の日常」をすくい上げる。これが人類学の魅力なのだと思います。

*ネガティブ・ケイパビリティ:イギリスの詩人ジョン・キーツ(1795-1821)が提唱し、近年再注目されている概念。答えがすぐ出ない不確かさや曖昧さに、無理に結論を出さず耐える力。

● ● Off Topic ● ●

 

髙橋先生が文化人類学に興味を持ったきっかけは?

 
 

高校生の頃に読んだ小説『ガダラの豚』(中島らも)が入り口でした。主人公が文化人類学者で、リアルに描かれている人類学界隈の描写に惹かれたんです。

 
 

お子さんも一緒にフィンランドで生活しながら調査された期間もあったそうですね。

 
 

まだ小さい子どもと町を歩くと、これまで気づかなかったことが見えてきます。息子をそりに乗せて雪道を引っ張りながら歩いたことが、自力で移動することや、その基盤としての道の整備などに関する研究への関心に繋がっていきました。

 
氷の張った広場を突っ切り、そりを引いて買い物袋を運ぶ息子

インタビュー / 執筆

安藤 鞠 / Mari ANDO

大阪大学大学院工学研究科卒(工学修士)。
約20年にわたり創薬シーズ探索から環境DNA調査、がんの疫学解析まで幅広く従事。その経験を生かして2018年よりライター活動スタート。得意分野はサイエンス&メディカル(特に生化学、環境、創薬分野)。ていねいな事前リサーチ、インタビュイーが安心して話せる雰囲気作り、そして専門的な内容を読者が読みやすい表現に「翻訳」することを大切にしています。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

連載
老いを支える

老いは個人の問題ではなく、社会と文化の構造そのものとも言える。 いま私たちは、老いをどのように支え、どのように生きるのか。 学際的インタビューを通して、そのかたちをひもとく。

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