#CHIBADAIストーリー

身近な存在なのに実はわからないことだらけ!? 謎多きネコの心理を探求する動物心理学とは? 千葉大学 大学院人文科学研究院 准教授 渡辺 安里依[ Arii WATANABE ]

2023.01.23

目次

この記事をシェア

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • LINEでシェアする
  • はてなブックマークでシェアする

「この子の気持ちがわかったらいいな」「いつも何を考えているんだろう」。
ネコを見て、そんなことを考えたことはないだろうか。こうした疑問に答えるため、動物の心理について研究しているのが、千葉大学の渡辺安里依准教授だ。今回は、ヒトにとって身近な存在でありながら、いまだ謎に包まれているネコの研究を中心にお話を伺った。

動物好きが高じて動物の心の研究へ

―先生のご専門である「比較認知学」について教えてください。

ヒトやヒト以外の動物がどのような認知能力を持っているかを明らかにするため、行動実験と呼ばれる動物実験をベースに研究をしています。動物心理学といった方がわかりやすいかもしれません。行動実験では動物に危害を加えるような侵襲的な実験はせず、特定の状況でどういう反応をするかなどを見ることで動物の思考能力を調べています。

私の研究テーマのひとつは「メタ認知」と呼ばれるものです。「動物にも人と同じような意識があるか」「動物は自分の思考の状態を把握できているのか」ということを、主にハトを対象に探っています。具体的には動物に課題を出し、それがわかるか否かを尋ねます。もし動物が「わからない」と答えた場合、動物は自分の知識状態を理解している、ということです。この課題を徐々に難しくすることで、どこまで理解できるかを見ていきます。

そのほか、エピソード記憶といって動物にも思い出はあるか、また「恐怖」という感情は生まれつき、つまり動物の進化の過程でできたものか、それとも経験によるものか、という研究も行なっています。

―動物心理学に取り組もうと思われたきっかけは何だったのですか?

我が家は祖父母の代からずっとネコを飼っていました。また、子ども時代をニュージーランドで過ごし、週末は牧場で馬に乗ったり、野生動物を見に出かけたりしていました。このように動物と親しんで育ってきたため、子どもの頃の夢は動物と話すことでした。そんなことをいっても皆に笑われるばかりでしたが……。その夢はずっと自分の中にあり、学生時代は動物学と心理学の講義を並行して履修していたのですが、心理学はヒトを理解するものだろうとずっと言われていました。するとたまたま先生に「比較認知」という動物の心理や行動を学ぶことでヒトの認知機能を探る分野があることを教えてもらい、今の研究分野に出会うことができました。

ネコの認知能力を探る「にゃんこぐ!」プロジェクト

―プロジェクトはなぜ始めたのですか?

ネコはヒトとの歴史が長い動物なのに、認知に関する研究はそれほど進んでおらず、謎が多く残っています。「イヌはこれができるけれど、ネコはできないよね」と比較されることも多いのですが、果たしてネコは本当にイヌより認知能力が劣っているのか、もしくはまだ研究が不十分だからなのか、それとも手法が確立されていないのか。そうした疑問を明らかにするために2020年からこのプロジェクトをスタートしました。

―なぜネコの研究は進んでいないのでしょうか?

ネコは実験することが難しい動物であることが理由のひとつです。イヌはおやつなどの報酬を与えれば積極的に取り組んでくれます。また集中して実験に協力してくれる非常に実験しやすい動物なので、ネコよりはるかに研究が進んでいます。一方、ネコは必ずしも素直に実験に参加してくれるとは限らず、「どうすれば実験に参加してもらえるか」から考えていかなければなりません。

―プロジェクトではどのようなことをしているのですか?

最初は画面注視について実験しました。よく「ネコはテレビを見る」という話を聞くのですが、見ることが楽しいものであれば、おやつの代わりに映像を見せて実験を進められるのではないかと考えたためです。具体的には、実験に協力していただける飼い主さんのご自宅に伺い、モニターで動く刺激を何パターンか流し、ネコがそれを見に来るのか、どうやって反応するかなどを観察しました。

―結果はどうでしたか?

画面を見るかは刺激のパターンよりも性格によることがわかりました。飼い主さんにアンケートでネコの性格を聞いたのですが、意外だったのは飼い主さんが「遊び好きだ」と評価したネコは画面をほとんど見ず、「あまり遊び好きではない」と思われていたネコのほうが画面をよく見るということでした。もしかすると、「あまり遊び好きではない」ネコは慎重な性格で、「これはいったいなんだろう」と思って画面を見つめるのかもしれません。

―色々なネコがいるのですね

ネコはヒトと同様に一匹一匹が個性豊かです。ヒトでは当たり前のことですが、動物研究では見逃されているポイントです。ハトなどの実験動物を中心とした動物研究は基本的に種の平均値を探るアプローチが多いのですが、今回のように性格と比較して見ると、「ネコという種がこうだ」というよりは、「こういうタイプの子はこういった行動をするのだ」という違いが出てくることがはっきりしました。研究の次のステップとしてもう少し複雑な映像を見せ、ネコがどれだけ理解しているのかということに発展させていきたいと思っています。

また、物理的因果関係の理解といって、日常の生活の中にある物理学を動物が理解しているか、ということも研究しています。例えば手に持っているモノを離すと下に落ちる、モノを何かで隠しても見えなくなるだけでまだそこにある、という当たり前のことを動物が理解しているのか、ということを実験しています。

「にゃんこぐ!」プロジェクトをもっと広めていきたい

―今後動物心理学の研究でやっていきたいことはありますか?

この「にゃんこぐ!」プロジェクトに力を入れていきたいと思っています。今まさに「ネコの手も借りたい」状態ですので、ネコを飼っていて実験にご協力いただける方はぜひホームぺージから登録して、一緒にネコを理解していけたらと思います。中期的にはネコカフェのネコと家ネコの認知には違いがあるのか、なども検討したいと考えています。
長期的な展望としては、動物心理学の観点から、ヒトやヒト以外の動物の認知がその進化過程や環境によってどのように形づくられるのかを明らかにしていきたいです。

動物好きな学生にぜひ来てほしい

―最後に、動物心理研究を目指す方にメッセージをお願いします

この分野はしゃべれない動物を対象にした研究を行っているので、どういう手法を取ったら彼らの考えていることを明らかにできるのかを考える必要があり、頭を悩ませていますが、そこに大きなやりがいがあります。動物を対象とした研究には、脳科学や神経科学などさまざまなアプローチがあり、中には動物を解剖しなければいけないこともありますが、私の所属する研究室では行動実験のみを行っています。動物好きの方には心理学という分野から動物に関わることができることも知っていただければと思います。

この学問が何の役に立つのかとか、お金になるのかともよく聞かれるのですが、動物の研究をしてヒトと比較することで、ヒトに対する理解も深まります。例えば精神疾患により行動的な問題を抱える人の問題解決のために、動物の衝動性を検証することで衝動性の高い人と低い人は何が違うのかを調べることができます。こうした研究を進めることで、衝動性による犯罪の理解につながる可能性もあります。
また、動物とヒト がどうすればよりよい関係を築いていけるか、という課題へ貢献できることにもやりがいを感じます。

また、学生さんでなくてもネコが好きな方、ネコをもっと知りたいと考えている方は、ぜひにゃんこぐ!で一緒に研究しましょう

インタビュー / 執筆

今井 明子 / Akiko IMAI

サイエンスライター。気象予報士。京都大学農学部卒。2004年にライター活動を始める。得意分野は科学系(おもに医療、地球科学、生物)をはじめ、育児、教育、働き方など。専門の知識をもともと持っていない人にもわかりやすい文章になるよう、素朴な疑問を心に留め、それに答えていくような形を心掛けています。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

次に読むのにおすすめの記事

このページのトップへ戻ります