実験とAIの融合!ホウ素触媒反応の新展開と新理解―環境に配慮した金属代替法の発展に貢献―

2022.12.21

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千葉大学大学院医学薬学府博士後期課程2年生 伊藤翼氏、大学院薬学研究院 原田慎吾講師及び根本哲宏教授の研究グループは、機械学習(AI)を活用し、ホウ素触媒を用いた新しい脱芳香族化反応注1)の開発に成功しました。本研究成果により、金属を用いずに生物活性注2)を有する分子群のコア骨格を構築できることから、自然環境に配慮した合成法への発展が期待できます。この研究成果は2022年12月12日に米化学雑誌”ACS Catalysis“オンライン版にて公開されました。

■ 研究の背景

原子番号5番のホウ素原子(元素記号 B)は、ネオジム磁石や耐火ガラスなどの原料に含まれており、生活を支えている“縁の下の力持ち”な元素種です。有機化学分野では、1979年にノーベル化学賞の対象研究となったブラウンヒドロホウ素化反応、2010年にノーベル化学賞の対象研究となった鈴木・宮浦カップリング反応を例として、有機ホウ素化合物は極めて重要な役割を担っております。その他にもホウ素の特性を活用した有用な化学反応が数多く開発されてきました。

一方、化学反応の一つである脱芳香族化反応は平面的な構造を持ち、入手しやすい芳香族化合物を、生体とより強い作用が期待されるが、合成が難しい三次元的な化学構造へと一挙に変換できる反応であり、天然有機化合物や、薬理効果を示す分子の人工合成に用いられる手法です。一方、この反応の難点として、安定的な芳香族化合物の芳香族性を壊す(脱芳香族化)のに大きな活性化エネルギーを要する点や、一般に高価であったり毒性があったりする金属元素を含む触媒が必要となる点が挙げられます。研究グループは、人体への害が少なく安価、さらに電子を受け取る力が強いという特性を有するホウ素原子を含む触媒に着目し、この特性を活用することで、環境負荷に配慮したメタルフリーな脱芳香族化反応の開発ができると考えました(図1)。

■ 研究成果1- 実験とAIを織り交ぜた効率的な反応条件の探索

研究グループは、平面構造をしたフェノール環を有するジアゾ化合物をホウ素触媒と反応させました。すると、脱芳香族化反応が進行し、三次元構造であるスピロ環注3)を有する分子へと変換することに成功しました(図2(1)赤部分)。この構造は、医薬品に使われている分子の構造(図2(2)青部分)によく似ているため、今後医薬分子の基本的な骨格として利用できる可能性があります。

本反応は金属元素を含む触媒を用いると収率が低かったため、ホウ素触媒を使うことが成功の鍵でした。これらの検討結果を踏まえ、多様な芳香族化合物への適応を検討しました。まず、コンピューターに試薬の当量、溶媒の種類、温度といった反応条件と結果の傾向を学習させ、少ない労力で結果の改善が期待できるAI手法(ベイズ最適化注4))を取り入れました(図3)。この結果、わずか7回という最低限の検討回数で反応条件の大幅な改善に成功しました。これは従来の検討手法に比べ、約10分の1以下の検討量であり、検討時間が約2-3ヶ月ほど短縮されています。また、この条件を活用することで20種類の化合物に本反応を適用することができました。

■ 研究成果2- コンピュータシミュレーションの活用による新しい中間体の発見

さらに同研究グループは、DFT計算注5)を用いて開発した反応のメカニズムを解析しました。解析の結果、これまでに提唱されていなかった新しい活性化モードが発見されました。本反応ではジアゾ化合物がホウ素触媒により活性化され、鍵となる中間体(カルベン注6))へと変換されます。過去には、ホウ素と酸素が結合を作る様式(B-Oモード)、ホウ素と窒素が結合を作る様式(B-Nモード)が報告されていましたが、本反応ではホウ素と炭素が結合を作る様式(B-Cモード)を経由していることがわかりました(図4)。この活性化モードは通常、多くの電子を持つ金属触媒がジアゾ化合物を活性化する際の様式であることが知られています。そのため電子の少ないホウ素触媒が同様の活性化モードを形成することは革新的な発見であり、この知見を踏まえた新しい反応や分子の設計が可能となることから、ホウ素化学および物質合成などの他の領域への波及効果が期待できます。

■研究者のコメント(千葉大学大学院薬学研究院 原田慎吾 講師)

今回の研究によって、これまで高価または毒性が懸念される金属原子を使わないと不可能と思われていた化学反応を、安価で毒性の低い有機触媒で引き起こす手法が開発されました。このような有機触媒を用いる反応は、環境調和型の有機合成として近年注目を浴びていましたが、有機触媒は一般に活性が高くなく、脱芳香族化反応のような高い活性化エネルギーを必要とする手法には適用が困難でした。有機触媒の新たな可能性を見出した本研究成果はグリーンケミストリーの観点から非常に画期的といえます。

また本研究では、AIを用いることで、6つの反応条件を同時に最適化し、収率を迅速に改善できました。さらにDFT計算というコンピュータシミュレーションの手法を活用することで、これまで提案されてこなかった新しい活性化のモデルや中間体の存在を明らかにすることができたことは、有機合成化学分野でも同様のベイズ最適化法がAI技術として応用できることを示唆しております。

本研究は主に、科学研究費助成事業、デジタル有機合成、武田科学振興財団研究助成の支援により遂行されました。

■用語解説

注1)脱芳香族化反応ベンゼンに代表される平面的な芳香族化合物を、三次元構造をもつ脂環式化合物へと変換する反応。

注2)生物活性生物に対して、何かしらの効果を発揮する性質や状態(=活性)のこと

注3)スピロ環2つの環が1つ原子を共有した二環式構造のこと。

注4)ベイズ最適化最適化したい値と様々なパラメーターを関数として関連づけ、その関数の回帰モデルを作成することで、目的の値を最適化する手法。

注5)DFT計算:密度汎関数理論(Density Functional Theory)に基づく計算手法。電子密度やエネルギーなどの分子や原子の物性を予測することが可能。

注6)カルベン:炭素原子は四配位の状態(手が4本)が安定であるのに対して、不安定な中性二配 位の状態の活性種。

論文情報

論文タイトル:Mechanistic investigation on dearomative spirocyclization of arenes with α-diazoamide under boron catalysis

著者:Tsubasa Ito, Shingo Harada, Haruka Homma, Ayaka Okabe, Tetsuhiro Nemoto

雑誌名:ACS Catalysis

DOI:https://doi.org/10.1021/acscatal.2c04504

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