#次世代を創る研究者たち

都市・建築は健康にどう影響する?~新たな学問領域「健康都市・空間デザイン」の挑戦 千葉大学 予防医学センター 准教授 花里 真道[ Masamichi HANAZATO ]

#デザイン
2026.02.02

目次

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スペインのバルセロナでは、市街地の一区画を自動車通行禁止にしたことが人々の健康向上につながり、年間700人近くの死を防げるというシミュレーション結果が出たという。こうした街のあり方や建築物が、そこに住む人々の健康にどう影響するかを検証する研究は、近年、大きな注目を集めている。この分野の日本における先駆者の一人が、予防医学センターの花里真道准教授だ。

建築学と予防医学の融合研究「健康都市・空間デザイン」

——建築家としてキャリアをスタートされた後、研究者として予防医学の分野に足を踏み入れられたとか。なぜ、まるで異なる分野に転身されたのですか?

実は、自分ではその二つが異質のものだとは思っていないんです。建築学とは基本的に、街や建物が人にどのような影響を与えるかを考える学問で、そもそもフォーカスは「人」にあります。私はその中で「人の健康」に与える影響を研究しているというわけです。私は自分の研究を「健康都市・空間デザイン」の研究と呼んでいます。

ゼロ次予防の概念図: 人の健康は、町や建物、自然などの環境に左右される。健康にいい環境で暮らすことは「ゼロ次予防」と呼ばれている。

——どのように研究なさっているのですか?

まず、建築学・都市計画学的な手法で地域の物理的、社会的な状態を評価します。そのうえで、健康への影響を測るには多くの切り口がありますが、うつ病、認知症、余命など、さまざまなご専門や関心をもった医学分野の研究者さんと組んで、共同研究をする形です。たとえば街に歩行空間が多い地域に暮らす高齢者の認知症発症のタイミングが遅くなるか否か、慢性の痛みを訴える人の数は、緑の多い地域のほうが少ない地域よりも少ないか否かなど、工学的、医学的な方法を組み合わせて調べるのです。

ちょっと変わったところでは、4万人以上の高齢者を、持ち家・公営団地などの公的な賃貸住宅・民間の賃貸住宅の3グループに分けて9年後の状態を調べたところ、持ち家の人の死亡リスクが一番低かったのです。これは予想通りの結果でしたが、公的な賃貸住宅の人のほうが民間賃貸住宅の人に比べて、28%も死亡リスクが低いこともわかりました。

健康にいいまちづくりにはエビデンスが必要

——建築学と予防医学を組み合わせて調べてみれば、予想通りのことがきちんと検証されたり、あるいは予想外の現象が見えてきたりするのですね。こうした基礎的な研究のほか、産学共同で多くのプロジェクトを動かしていらっしゃるとのことですが。

はい、都市開発にかかわる企業やショッピングモールを運営する企業など、これまでおよそ18社に及ぶ企業さんと共同研究をしています。たとえば千葉の柏市では人々が楽しく歩けるようなしかけを町なかにデザインして、人々の歩行時間を増やせるかどうか検証しました。

また、健康のためとはいっても既存の都市を創り変えるには大きなコストがかかるため、容易ではありません。しかし、「しくみ」を作ることはできます。たとえば団地を含む住宅地域で電動ゴルフカートのような低速の自動車を走らせる、など。実際、そうした実証事業が行われた地域での検証では、高齢者の外出機会や社会とのつながりが促進されることが数値として出ています

——低速の移動支援のしくみが高齢者の健康によい影響があると科学的に検証され、導入コストが十分にペイできるとわかれば、行政が動く際の判断材料になりますね。

そうなんです。行政が社会インフラを整えるときにはいろんな価値を追求しますよね。たとえば安全・安心とか、経済効果とか。実は、健康という価値はそうしたものの中で比較的明確に指標化しやすいものではないかと思っているんです。

リーマン・ショックが開いた予防医学研究への道

——ところで花里先生はなぜ、建築学に興味をもたれたのですか?

父が、住宅でもなんでも自分の手で作ったり直したりする人なんです。さすがに家の骨組みを変える時は専門家の協力を得るのですが、屋根や内装・外装は自分でやっていました。その影響で私もモノを作ることに興味をもったのではないかと思います。中学生のときに建築学を学ぼうと決めて高等専門学校に入り、卒業と同時に千葉大学に編入しました。

——なぜ千葉大に?

植村直己冒険館などの、建物と景観が必然性をもって調和している栗生明先生の建築を知り、ぜひ千葉大学の栗生先生のもとで学びたいと思って。修士号取得後、栗生先生の設計事務所に就職して数年で独立しました。オフィスビルを設計し工事が始まったのですが、リーマン・ショックでその開発会社が倒産。それと相前後して千葉大学の先生から「健康まちづくりの研究を始めるから来ないか」と声をかけていただき、建築学のバックグラウンドをもった研究者として千葉大学に戻ってきたのです。

気候変動が進む社会で、健康を促進するまちづくりとは?

——今後やっていきたいことは?

ひとつめは、基礎的な研究と実践をつないだ「リンケージスタディ」です。いま、千葉大学の隣接地に、企業と共同で人々が健康になるまちづくりをまっさらなところから始めようとしています。

私たち研究者はエビデンスに基づいて助言を行い、企業の皆さんとともに、多様な世代が入居する住宅や公園、スーパーなどを組み合わせてまちを作る。そして入居された人々の健康への影響を私たちが調べ、わかってきた知見をまたここのまちづくりに活かしていく、というプロジェクトです。

もうひとつは、気候変動関連の研究をさらに強化したいですね。いま、健康の面でも暑熱(しょねつ)環境*への対応がより重要になってきていますから。たとえば、雨の日や酷暑の日に人々の歩数は普段とどれぐらい変わるのか。町なかに涼んだり雨をしのいだりできるエリアが充実していると歩数が増え、健康が増進されると検証できたら、そうした場所を増やそうという施策ができますし、逆にもし関係が薄いことがわかったなら別の対策を考えるエビデンスになります。

*暑熱環境:夏の屋外作業や温室内のような、体に熱ストレスがかかる環境

温暖化が急速に進む現代において、気候変動へのレジリエンス*は必須です。まちづくりの上でレジリエンスと健康の両方を解決できる方法はないか、ということをいつも考えています。鍵となるのは、自然を活用して社会課題の解決を図る「Nature-based Solution (自然活用型の解決策)」です。

*レジリエンス:困難や変化に直面しても立ち直る力や回復力のこと。

わかりやすい例は緑化でしょう。うつを減らすなど健康にもいい影響があり、気候変動に対する緩和にも適応にもなる。緑をベースにした「グリーンインフラ」は、暑熱を和らげ、二酸化炭素の排出を減らし、人々の地域への愛着を生み、社会的な結束も生み出し、そうしたことによって人々の健康を促進する。多機能なことが強みです。

建築学も予防医学も、「望ましい状況をどうつくるか」の学問

——学生さんや若い研究者さんにメッセージがあれば。

「新たな風景を発見する人」より「新しい視点を持てる人」になろう、と伝えたいです。単発のアイデアならAIでも生み出せるでしょう。しかし、たとえば予防医学と建築学を組み合わせたらどんなことが解決できるか、といった、これまでになかった視点を思いつき、熱い思いで語り、多くの人の共感で社会を動かせるのは、やはり人なのだと思います。

デザイン研究の先駆者ナイジェル・クロスは、3つのフレームワークで学問をとらえています。物事の状態を客観的に解明しようとする自然科学と、物事の意味や価値を解釈しようとする人文学、そして、もうひとつがデザインや工学——これらは「望ましい状況をどう作るか」を追究する学問だというのです。そして、建築学はそもそも工学の一部ですし、実は医療や予防医学もこのフレームの学問だと思うんです。

近年の社会課題は、ある問題への対策が別の厄介ごとを生んでしまうような、複雑に入り組んだ問題がほとんどです。従来の科学は問題を腑分けして解決しようとするアプローチが主流でしたが、いまは、「求められる状況を実現するには何が必要なのか」を逆算で考えるデザイン的なアプローチも、科学として大きな力を発揮する時代だと思います。

● ● Off Topic ● ●

 

お家で、アリの飼育にはまってらっしゃるとか。

 
 

はい、子どもたちと飼い始めたのですが、いまでは私が夢中になってしまって(笑)。女王アリ1匹から飼い始めて、働きアリが少しずつ増えて世話と分業で社会ができていく様子を楽しんでいます。

 
 

女王アリはどこから入手されたんですか?

 
 

1匹目は購入しました。でもこのキャンパスにもいるはずだと思って、春の結婚飛行*の時期に地面を探して歩いたら、女王アリを3匹見つけたんです。

 
 

3匹も!

 
 

研究室のメンバー2人が飼いたいといってそれぞれ1匹ずつ引き取り、1匹は家に連れ帰りました。面白いですよ、アリの飼育。

 

*結婚飛行:多くの有翅昆虫(特にアリやハチ)に見られる行動で、未受精の女王候補と雄が空中で交尾を行うこと。結婚飛行により交尾を終えた女王は、一生分の精子を貯蔵し、新たなコロニーを創設する。

試験管巣内の女王アリと卵・幼虫・サナギ:飼育の初期段階では自然環境に近い状態を作りやすい試験管巣で飼育し、増えてきたら大きな巣に引っ越しをすることが多い。

インタビュー / 執筆

江口 絵理 / Eri EGUCHI

出版社で百科事典と書籍の編集に従事した後、2005年よりフリーランスのライターに。
人物インタビューなどの取材記事や、動物・自然に関する児童書を執筆。得意分野は研究者紹介記事。
科学が苦手だった文系出身というバックグラウンドを足がかりとして、サイエンスに縁遠い一般の方も興味を持って読めるような、科学の営みの面白さや研究者の人間的な魅力がにじみ出る記事を目指しています。

撮影

関 健作 / Kensaku SEKI

千葉県出身。順天堂大学・スポーツ健康科学部を卒業後、JICA青年海外協力隊に参加。 ブータンの小中学校で教師を3年務める。
日本に帰国後、2011年からフォトグラファーとして活動を開始。
「その人の魅力や内面を引き出し、写し込みたい」という思いを胸に撮影に臨んでいます。

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