細胞膜を横断するイオン濃度の非侵襲的イメージング法の開発―創薬プロセスの加速化に期待―

2023.02.21

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千葉大学国際高等研究基幹の川嶋大介特任助教、大学院工学研究院の武居昌宏教授、大学院理学研究院の村田武士教授からなる研究チームは、従来の電気インピーダンス・トモグラフィ法(EIT)注1)を基盤とし、新規開発したプリント基板上に設置した微小電極アレイセンサを実装したEIT(PCB-EIT)を提案し、イオンチャネルを介して生じる不均一な細胞外イオン濃度イメージングに成功しました。これを用いることで、細胞を傷つけることなく(非侵襲的に)細胞および組織間におけるイオン輸送を簡便に測定することが可能です。

本研究成果は、薬物に対するイオンチャネルの新たな評価プラットフォームとして役立つことが期待されます。

本研究成果は2022年12月22日にMeasurement Science and Technologyに掲載されました。

※こちらのURLからイオン輸送のアニメーションが見られます。
 https://www.chiba-u.ac.jp/others/topics/info/post_1159.html

■ 研究の背景

ヒトの体液にはナトリウムやカリウム、マグネシウムなどの電解質(イオン)が含まれています。これらのイオンは細胞膜上に存在するイオンチャネル(イオンを透過させる細孔構造をもつタンパク質)を通じて細胞内外に輸送され、筋肉細胞や神経細胞の働きをはじめ身体の機能の維持や調節など、身体に重要な働きをします。

このイオン輸送は、細胞種やイオンチャネル・イオン濃度分布の不均一性などに起因してイオンを輸送する速度(輸送係数)や輸送方向の違い(異方性)を持ちます。このような異方的なイオン輸送を測定し、創薬ターゲットとなるイオンチャネルに薬の成分がどのような作用を起こすかを知ることは、非常に重要です。

現在イオンチャネルの薬物作用をみるために一般的に使われているパッチクランプ法注2)は、電極を細胞膜に刺して測定する侵襲的手法のため、細胞膜構造に損傷を与えます。画像化(イメージング)もできないため、異方的なイオン輸送を捉えることができません。蛍光イメージング注3)も利用されますが、試薬を細胞内に入れる必要がある侵襲的な手法です。そこで非侵襲に異方的なイオン輸送を測定可能な検出技術が必要とされていました。

■ 研究の成果

本研究チームは、プリント基板に配置した微小電極アレイセンサを用いた電気インピーダンス・トモグラフィ法(PCB-EIT)を新規に開発しました(概要図 イオンチャネルを介した細胞内外のイオン輸送(左)、PCB-EITによる細胞外イオン濃度イメージング概略(右))。電気インピーダンス・トモグラフィ法(EIT)と呼ばれる手法では、非侵襲なイメージングを可能としますが、電極を細胞周囲に配置する必要があるため、細胞や組織サイズでの測定には不向きでした。そこで、PCB-EITでは微小空間に多数の電極を配置することで、EITの細胞・組織への適用を可能としました。

このPCB-EITの検証実験として、スフェロイドとよばれる、組織を模倣した細胞の集合体を作成し、その周囲の培地内のスクロース濃度を調整し、不均一なイオン分布を生成しました。培地には、スフェロイドに対して浸透圧条件が等張、低張、および高張の3種類のスクロース濃度を使用し、スフェロイドの両側面に異なる濃度の培地を配置させました。この検証実験の結果、PCB-EITによる異方的なイオン輸送による不均一な細胞外イオン濃度分布を描写する画像を生成することに成功しました。

このイオン濃度分布画像をもとにイオン輸送モデルを適用して輸送係数注4)と異方性指数注5)を推定しました。各浸透圧条件において異なる輸送係数および異方性指数を示し、異方性を評価しました。

PCB-EITで得られた結果の検証として、スフェロイド周辺のカリウムイオン(細胞イオン輸送に関与する最も豊富なイオン)を用いて蛍光イメージングにより同様の実験を実施したところ、不均一なイオン濃度分布の形成と異方的なイオン輸送が認められ、EITの妥当性が証明されました。

■ 研究者のコメント(特任助教 川嶋 大介)

本研究で開発した微小電極アレイセンサを実装した電気インピーダンス・トモグラフィによる細胞外イオン濃度イメージング技術は、細胞および組織間におけるイオン輸送を簡便かつ非侵襲的に測定することが可能です。また、イオンチャネルに関連する薬物反応を細胞単位で測定できるため、創薬プロセスにおける非臨床試験の効率向上と試験期間の短縮につながることが期待されます。

■ 用語説明

注1)電気インピーダンス・トモグラフィー(EIT):Electrical Impedance Tomography。測定対象のまわりに設置した複数電極から計測されたインピーダンス(抵抗)の内部における導電率分布をイメージングする手法。

注2)パッチクランプ法:細胞膜に微小ガラス電極を密着させ、高抵抗(ギガシール)をつくり、イオンチャネルを通るイオン電流を計測する手法。

3)蛍光イメージング法蛍光標識試薬を利用し、ターゲット分子をイメージングする手法。

4)輸送係数物質の輸送量(フラックス)と駆動力の比例係数。例えば、物質の拡散であれば、物質拡散によるイオン流束(フラックス)と濃度勾配(駆動力)の比例係数を示す。

注5)異方性指数:異なる方向の輸送係数の差を表す指標。異方性が高いほど大きくなる。

■ 論文情報

タイトル:Assessment of anisotropic transmembrane transport coefficient vector of cell-spheroid under inhomogeneous ion concentration distribution fields by electrical impedance tomography

著者:Songshi Li1、川嶋 大介1,2、Kennedy Omondi Okeyo3、村田 武士4、武居 昌宏1

所属:1 千葉大学大学院工学研究院、2 千葉大学国際高等研究基幹、3 京都大学 ウイルス・再生医科学研究所、4 千葉大学大学院理学研究院

雑誌名:Measurement Science and Technology

DOI:https://doi.org/10.1088/1361-6501/acaa4a

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