光の螺旋性で結晶のキラリティー制御に成功~光の螺旋性でホモキラリティー起源に迫る第一歩~

2023.03.01

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千葉大学分子キラリティー研究センター豊田耕平助教、宮本克彦准教授、尾松孝茂教授の研究チームと国立陽明交通大学Hao-Tse Su博士後期課程学生、杉山輝樹教授(千葉大学客員教授)の研究チームは、光渦注1)をレーザートラッピング結晶化法注2)に用いることで、塩素酸ナトリウム注3)のキラル結晶化において、結晶のキラリティーが制御できることを世界で初めて明らかにしました(図1)。準安定相であるキラリティーを持たないアキラル結晶から安定相であるキラル結晶へと相転移する際に光渦の螺旋波面に由来するトルク(角運動量注4))によって構造が局所的にねじれ、エナンチオ制御的にキラル結晶へと誘導することを示唆します。この結果は、アキラルな分子がキラル結晶化するメカニズムの解明に基礎的知見を与えるものであるとともに、光の螺旋性がホモキラリティー注5)の起源に関予する可能性を示唆するものです。

本研究成果は、2023年2月28日(米国東部時間)に、学術誌「OPTICA」にてオンライン掲載されました。

■ 研究の背景

物体とその鏡像体を空間的に重ね合わすことができない性質をキラリティーと言います。キラリティーを示す物質(キラル物質)は、その鏡像体と同じ化学構造を持ちながら、異なる物理的特性を持ちます。そのため、キラリティーは物質科学において、普遍的でかつ非常に重要な研究分野の一つとして盛んに研究されてきました。生体を構成する物質(生体物質)の多くはキラリティーを示します。自然界における生体物質は、左手系あるいは右手系の鏡像体だけが選択的に存在することが知られています。これをホモキラリティーと呼んでいます。その発生起源は未だ不明ですが、円偏光などの光の螺旋性が寄与している可能性が示唆されています。

ホモキラリティーの起源を探る手段の一つとして、キラリティーを持たないアキラル分子が結晶化することでキラリティーを示すキラル結晶化が注目されています(図1)。

レーザートラッピング結晶化法は、強く集光したレーザー光の勾配力注6)を利用して溶液中の分子の凝集体を捕捉して結晶核生成を誘起させる方法です。これまでに光源に円偏光などを用いた実験はありましたが、明確にキラル結晶化のメカニズムを示唆する知見は得られていませんでした。

本研究では、螺旋波面を持つ光渦をレーザートラッピング結晶化法の光源として用いたキラル結晶化を着想しました。

■ 研究の成果

本研究では、溶液中でアキラルな分子である塩素酸ナトリウムの飽和水溶液の気液界面に光渦を集光照射して結晶化を誘導しました。数分から十数分程度、光渦を照射し続けると結晶核が生成し、最初に準安定相であるアキラル結晶が現れます(図2(a))。さらに光渦を照射し続けるとアキラル結晶が安定なキラル結晶へと相転移します(図2(b),(c))。光渦のパワーや角運動量の大きさなどを変えながら、各条件で30個以上の結晶を成長させて、結晶の鏡像体過剰率(CEE)注7)を評価しました。

その結果、図3(a)のように、光渦の螺旋波面の方向に対応した鏡像体が過剰に成長することが明らかになりました。また、光渦の角運動量を大きくするとCEEが上昇することも明らかになりました。光渦と同じ空間強度分布を持ちながら角運動量を持たない軸対称偏光(図3(b))を光源として結晶化しても有意なCEEが見られなかったことから、光渦の軌道角運動量がアキラル結晶からキラル結晶へと転移するときに結晶構造を力学的にねじっているものと考えられます。

■ 今後の展望

これらの結果は、塩素酸ナトリウムのキラル結晶化において光の角運動量が寄与することを示唆しています。本研究は、光の螺旋性がアキラル分子を階層的にキラル秩序(キラル結晶)へと誘導することを明らかにしたもので、光の螺旋性がホモキラリティーの起源に関与する可能性を肯定するものです。また、光渦の角運動量をさらに大きくすることで、CEEをさらに向上させることも可能です。今後、溶液から直接キラルな結晶核が生成する化合物のエナンチオ制御的なキラル結晶化が可能になれば、ホモキラリティーの起源にさらに迫ることが可能になると期待できます。

■ 用語解説

注1)光渦:螺旋状の波面(螺旋波面)を示す光を総称して光渦と呼ぶ。光渦の波面中央部には位相の決まらない特異点(暗点)があるため、光渦はドーナツ型の円環強度分布をもつ。

注2)レーザートラッピング結晶化法:集光したレーザー光の光圧によって溶液中の分子の凝集体を捕捉して結晶核を誘導する。光を照射し続けることで結晶核はやがてバルク結晶へと成長する。

注3)塩素酸ナトリウム:NaClO3の分子式であらわされる分子。溶液中で分子はアキラルであるが、結晶化するとキラリティーを示す。結晶には旋光性の異なるl体とd体があり、光学的に鏡像体が簡便に同定できることからキラル結晶化実験のモデル分子として知られる。

注4)角運動量:光渦は1波長あたりの螺旋波面の巻き数ℓ(整数)に対応したトルク(角運動量)を示す。螺旋電場を持つ円偏光には、その螺旋電場の向き(±1)に対応するトルク(スピン角運動量)を示す。したがって、光渦は、軌道角運動量とスピン角運動量の和(J(=ℓ±1)を用いて表す。)をトルクとして物質に作用させることができる。

注5)ホモキラリティー:鏡像体のどちらか一方だけが偏在して自然界に存在していること。

注6)レーザー光の勾配力:光の圧力の一つ。光の明るさの勾配に比例して働く力で微粒子を光の明部へ引き込むように働く。勾配力によって微粒子は光の最も明るい部分に捕捉される。

注7)CEE:d体とl体の結晶の個数の差分を結晶の総数で割った値で鏡像体の過剰率を示す。

■ 研究プロジェクトについて

本研究は以下の支援を受けて実施されました。

・科学研究費補助金新学術領域研究「光圧によるナノ物質操作と秩序の創生(石原一領域代表)」

・科学研究費補助金学術変革領域研究A「光の螺旋性が拓くキラル物質科学の変革(尾松孝茂領域代表)」

■ 論文情報

タイトル:“Chiral crystallization manipulated by Orbital angular momentum of light”

著者:Kohei Toyoda, Hao-Tse Su, Katsuhiko Miyamoto, Teruki Sugiyama, Takashige Omatsu

雑誌名:OPTICA

DOIhttps://doi.org/10.1364/OPTICA.478042

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