「糞化石の中にある糞化石」ができる条件を数理モデルで解明~深海の底生生物の糞食行動の要因を読み解く~

2023.03.20

目次

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■発表のポイント

・堆積物食性ベントスの糞食行動の要因を解明するための新たな数理モデルを開発

・深海堆積物中に埋没している排泄物の大きさが糞食行動を引き起こす主要因

・白亜紀注1)以降に糞食行動が起こりやすい条件が成立した可能性

■研究の概要

千葉大学大学院教育学研究科修士課程2年の西澤 輝氏と教育学部の泉 賢太郎准教授は、糞化石などの生痕化石注2)の中に見られる糞化石が形成される条件を数値的に解明しました。こうした「糞化石の中にある糞化石」は、堆積物を食べる底生生物(ベントス注3))の糞食行動を記録しています。そこで研究チームは、通常は行動生態学の分野で扱われる「最適採餌理論注4)」の原理を生痕化石に適用した新たな数理モデルを開発し、数値計算を行いました。その結果、深海堆積物中に埋没している排泄物の大きさが糞食行動を引き起こす主要因であることを明らかにしました。

地質年代を通じて糞化石などの生痕化石が大型化した傾向が知られているため、白亜紀以降には堆積物食性ベントスの糞食行動が起こりやすい条件が成立した可能性が考えられます。

本研究成果は、2023年2月28日に、国際学術誌Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecologyでオンライン公開されました。

■研究の背景
深海堆積物中にはベントスの排泄物や巣穴充填物が存在しているため、これらが他の埋在性の小型堆積物食性ベントスの効率的な餌場となっていたと考えられています。ベントスに摂食された排泄物や巣穴充填物の一部は、地層中に生痕化石として残ります。特に、ベントスが堆積物中に埋没している排泄物を摂食すると(糞食行動)、その結果として「糞化石の中に別の糞化石が存在する」という生痕化石が形成されます(図1)。

このような産状の生痕化石の大半は、白亜紀以降の地層に限って産出することが知られています。白亜紀には、ベントスにとって餌となる植物プランクトンが多様化し、それに伴い深海生態系では様々な変化が起きました。ベントスの糞食行動が白亜紀以降に普遍化したのも、こうした変化の一つの事例と考えられています。しかし、ベントスの糞食行動が実際にどのような要因によって引き起こされるのかについては、十分にわかっていませんでした。

■研究の成果

本研究では、堆積物食性ベントスの糞食行動を引き起こす要因を解明するために、最適採餌理論に基づく新たな数理モデル(Possibility of Feeding of Fecal sediments model; PFFモデル)を開発しました。PFFモデルは、糞食する時のエネルギーバランス注5)と糞食しない時のエネルギーバランスの差(PFF値と定義)を計算するモデルで(図2)、特にPFF値の符号が重要になります。PFF値が正である場合には、糞食をする時のエネルギーバランスの方が糞食をしない時のエネルギーバランスよりも大きいことになります。したがって、PFF値が正である時を、ベントスが糞食し得る条件だと想定しました。

今回の研究では、想定される要因の候補を複数選定し、それらをパラメータとしてPFFモデルの数理構造に組み込み、各パラメータの値を妥当な範囲内で変化させてPFF値を計算します。海洋堆積物中の有機炭素の濃度やその深度分布、堆積物中に埋没している排泄物の大きさ、ベントスの消化管断面積など、合計9つのパラメータについて詳細な数値計算を行いました。その結果、PFF値の符号変化への寄与が最も大きいパラメータ(=糞食行動の主要因)は、堆積物中に埋没している排泄物の大きさであることがわかりました(図3)。具体的には、堆積物中に埋没している排泄物が小さい場合にはPFF値が負の値を取るため、このような小さい排泄物を摂食することはベントスにとってはエネルギー的に不利であることを示唆しています。

さらに今回の数値計算の結果は、野外地質調査や文献調査を通じて収集した生痕化石データとも整合的であることも明らかになりました。

■今後の展望

深海堆積物中に埋没した巣穴充填物や排泄物の一部は、生痕化石として地層中に残ります。既存の文献を網羅的に調査すると、こうした生痕化石は白亜紀以降に大型化してきたようです。これを本研究の成果と併せて考えると、白亜紀以降には堆積物食性ベントスの糞食行動が起こりやすい条件が成立してきた可能性が考えられます。

通常は行動生態学の分野で扱われる最適採餌理論を、古生物学の分野で適用した点に本研究は新規性があります。そのため今後は、PFFモデルを用いることで、これまで数値的に検討することが不可能であった糞食可能性の地質年代を通じた変化(PFF値の年代ごとの変化)を計算することができるようになります。古生物の行動を模擬した数理モデルの解析からは、化石の観察や分析のみからは得られない知見を得ることができます。特に、本研究のような生痕化石のモデリングは、古生物の行動を制約する古環境条件や古生物の適応様式の推定への応用が期待され、古生物学のブレイクスルーに繋がることが期待されます。

■用語解説

注1)白亜紀:約1億4500万年前から6600万年前までの地質年代。陸上には恐竜や翼竜などが繫栄し、海洋ではアンモナイトやモササウルスや首長竜などが繁栄していた。

注2)生痕化石:古生物の行動の痕跡が地層に残ったもの。具体的には、足跡、巣穴、排泄物の化石など。

注3)底生生物(ベントス):河川や海洋などの水域に生息する生物の中で、水底に生息する生物の総称。堆積物食性のベントスは砂や泥などの堆積物ごと摂食し、その中に含まれる有機物を吸収し、砂や泥を排泄物として排泄する。

注4)最適採餌理論:生物は自身の適応度を最大化させるような採餌戦略をとると仮定した上で、生物の適応的な採餌行動を説明する理論。

注5)エネルギーバランス:ある行動によって得られるエネルギーと失うエネルギーの差。

■研究プロジェクトについて

本研究は、武田科学振興財団の中学校・高等学校理科教育振興助成、日揮・実吉奨学会の研究助成事業、日本学術振興会の科学研究費助成事業(15J08821)の支援を受けて遂行されました。

■論文情報

タイトル:Numerical model reveals the potential factors of ingestion of fecal sediments by deep-sea deposit-feeding benthos: Implications for composite trace fossils

著者:Ko Nishizawa, Kentaro Izumi

雑誌名:Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology

DOIhttps://doi.org/10.1016/j.palaeo.2023.111475

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